皓星社(こうせいしゃ)図書出版とデータベース

神保町のんしゃら日記14(2025年2月)

1日(土)ハンセン病資料館友の会のイベント。菊池恵風園から原田寿真学芸員が来てくれて、歌人の津田治子について講演。表象としての津田治子と、実像としての津田治子について両面から語ってもらえいい講演だった。内容もかしこまりすぎていなくて。ただ集客が不十分で申し訳なかった。力不足でなかなか集客にいつも苦戦しているが、世話人の伊東郁乃さんの尽力と求心力で、毎回内容は非常な充実ぶりだ。私のほうが地道な集客をもっとしなければ。

電車移動しながら月光89号の校正。夏野ひぐらしさん、小田那津子さんの短歌がいいなあ。重信房子さんのパレスチナの連作は今や月光の連鎖の柱の一つと言ってもいい。いっぽう自分は歌ができず、自分の言葉からどんどん陰影というものがなくなっている。でも自社からこういう雑誌がでていること、多少なりともその支援ができていることは誇らしく思う。

3日(月)電気屋で、増員するアルバイトさん用のパソコンを見繕う。長らくWindowsを使っていないので、適切なものがよくわからず迷う。

4日(火)新しい翻訳本について、翻訳者の方と打ち合わせ。かなり前向きな返事をもらい安堵する。年内早期の刊行目指して、がんばろう。今週末の『書庫をあるく』のイベント、準備に漏れがないかなど確認する。会場は満席になったので一安心だ。庭は青梗菜が豊作で、鶏肉と一緒に鍋にする。

8日(土)東京古書会館で『書庫をあるく』イベント。武藤康史さんに来ていただき、南陀楼さんとトークショー。書庫の話から発展して、「いまここで」「直接」しか聞けない話が聞けた(ので内容については割愛)。聞いてくださった方も満足の内容だったと思う。しかし、準備や仕切りについては反省することが多い。やはり何度やっても仕切り役は慣れない。

9日(日)読みかけだったエッセイを読み終わる。内容はよかったけど、ナルシスティックに感じられる文体があまり肌に合わなかった。でも、多少でもナルチシズムがなければ文章など書けないだろう。最初の会社をたたんだ失敗のあと、著者が新しい道を切り開いていく精神はうまく描かれていて、一定程度売れた理由は納得だった。そして、合わないという感覚について考える精神の営みそのものは面白いと思う。他者の言葉を読むことは、それを捉える自分自身を読むことに他ならないから。

10日(月)今日明日で全社員のみなさんと定期面談。5人分やるとそれだけで1日仕事だ。『近代出版研究4号』(担当河原)ほぼ原稿が揃って通しのゲラが出たようだ。しかし側でみていてもどんどんページ数がふえていく。値段をあげざるを得ないだろうけど、本当に大丈夫か?これは早尾貴紀さんの『パレスチナ、イスラエル、そして日本の私たち』(担当楠本)と校了が同時なので、亮一さんは最後、製作面で頑張ってもらわなくてはいけない。

12日(水)「アエラ」最新号で、近藤康太郎さんが『書庫をあるく』を大きく紹介してくれる。内容にしっかり踏み込んだ評で嬉しい。ありがとうございます。

13日(木)じんぶつプラスの編集委員会で、コンテンツ方針に関して専門家の皆さんにご意見をいただく。

16日 (日)庭の蕪や大根が大きくなってきた。間引きして小さいものも食べてしまうし、成長過程で葉をおひたしにすることもできるので、今年になってからほとんど葉物野菜を買っていない。買っていないどころか2人で食べるにはお多過ぎるので、おひたしの冷凍ストックを量産中。とうめんこれが続くので、所得は低いがエンゲル係数も低く済んでいる。たぶん食費は2人で月2万円でおつりがくると思う(外食除く)。

17日(月)DB関係の打ち合わせ。連携関連の話で、うまく進めば面白い。夜、湯楽の里で一時間お風呂。頭をからっぽにしてぼーっとする。

19日(水)今日もDB関係で連携の打ち合わせ。

20日(木)翻訳本の版権獲得に失敗して落ち込む。事前に少なからず交渉をしていたから自信があったし、希望をかけていただけにショックが大きい。もうすこしアドバンスをがんばってみればよかったか。しっかり事前交渉していた担当者に申し訳ない。はあ……。

23日(日)今月2回目の「ハンセン病資料館友の会」イベント。今日は岡山大学の松岡弘之先生の、太田正雄(木下杢太郎)についての講演。小川正子の『小島の春』が復刊されたが、ここに描かれているような女医の献身が美談とされることについて太田正雄は批判的で、医療によって根治することこそが、何よりも重要という姿勢だったそうだ。太田は治療を目的とした一時的な隔離は有効策としており、学者として真っ当なことを言っているだけに、研究対象としては地味でもある。そのように太田正雄を評価している松岡さんの考えを土台に、大著『ハンセン病療養所と自治の歴史』が成り立っている。素晴らしかった。この論考の戦前編が読みたい!。

来場された木下杢太郎記念館の館長さんから百花譜という伊東のお菓子をいただいた。太田正雄はその最晩年、灯火管制下で医療用の洋罫紙に植物の写生をしていた。その『百花譜』にことよせたお菓子だそうだ。椿の花を模しているそれを、ひとひらひとひら食べた。やさしいミルク味のお饅頭であった。

26日(水)「会社をやめて、実家に帰ります」と楠本さんに言われ、えーっ!どうしようどうしようと泡をくってあわてふためく。驚いて目が覚めて10秒くらい経って、夢だったことに気づく。よく考えたら、もしかしてうちより良い会社に転職したいと言うことはあるかも知れないけれど、実家に帰るという考えは、彼女にはないよなと思う。まず夢でよかった。

28日(金)年度末最終日。息つく間もない。支払いをして、『鎌田慧セレクション4さようなら原発運動』の校正を出して全体をチェックし、その間に打ち合わせその他……でも、あれもこれもおわってない。ああ……。ほかにもモヤモヤすることあり。モヤモヤと終わらない仕事を抱えたまま、しかし腹が減っては仕事はできぬ。夜は久しぶりにIさんと鎌倉の「大新」に行く。坦々麺、大新丼、ねぎみそラーメン、二人で3つ大盛を頼んで猛烈に食べる。

 

【おもな登場人物(登場順)】
藤巻さん 弊社創業者 むかしばなし、などぜひお読みください
笹森さん 弊社営業部長 自転車ガチ勢
河原さん 弊社データベース部部長。 『近代出版研究』4号でました
楠本さん 弊社編集者 直近の担当書は『パレスチナ、イスラエル、そして日本のわたしたち』
亮一さん 弊社デザイナー 毎月校了に追われる苦労人
Iさん 著者のパートナー 釣り好き