第37回 出版社名簿の先頭・愛隆堂(あいりゅうどう)を興した今堀文一郎
河原努(皓星社・近代出版研究所)
■『第二 著者と出版社』から
先月取り上げた学風書院が刊行した山崎安雄『第二 著者と出版社』(昭和30年)。それが目の前にある。せっかくだから、今月はこの本から誰かを取り上げてみようかと、目次を眺めた【図1】。
こんな項目が並ぶ。
「小學館と佐々木邦」「再建社と矢田挿雲」「四季社と永井龍男」「ダヴィット社と河上徹太郎」「法政大學出版局とOtis Cary」「日本織物出版社と金子和代」「蒼樹社と水野浩」「愛隆堂と今堀文一郎」「中山書店と林髞」「東洋経済新報社と町田忠治」「実業之日本社と新渡戸稻造」「ダイヤモンド社と石山賢吉」「第二書房と吉田絃次郎」「秋田書店と福島鉄次」「未來社と木下順二」「法学書院と野田照夫」「鱒書房と森正蔵」「『平凡』と小糸のぶ」。
私は一応近代出版史周辺の人間なので、本のタイトルが“著者”と“出版社”なのに「愛隆堂と今堀文一郎」の今堀は愛隆堂の創業者で、著者じゃなくて出版人だよね、と気がついた。といっても彼について知っている情報はその程度なので、目を通すと、冒頭にこんなことが書いてあった。
今堀文一郎氏は愛隆堂の社長である。社長であるけれども、この社にとつて最も貴重な著者でもある。もつと端的にいえば自分で書いて、自分で出版していることになる。もちろん、他にも数多くの著者のあることはあるが、この人を中心に動いているのだからいわば心臓的著者ということになる。
『第二 著者と出版社』p94
【図1】『第二 著者と出版社』とその目次
■実用書を社長自ら共同筆名で執筆・出版する出版社
なるほど、社長でもあるが著者でもあるということらしい。もう少し引用する。
――このことはもつと詳しく説明しないとわからないだろう。たとえば同社で一番よく売れる東川光隆著「手紙の書き方」についていうと、今堀さんと、そのブレーンの協同執筆によつて成つたもので、東川光隆とはその協同体につけられた名前なのである。「愛情の手紙文」の著者橋本清秀も、「社交の手紙文」の藤原良精も、「俳句の作り方」の秋庭桃村も、「短歌の作り方」の内山紀元も、「川柳の作り方」の吉田羅漢坊もそれである。だからその協同体のピークである今堀さんこそ、すべての著者を代表するものといわなければならない。但しこの著者は社長という名にかくれて、いまだ一度も「今堀文一郎」の名では本を書いていないのである。
『第二 著者と出版社』p94
社長を含めた合同筆名で企画出版をしていたようで、山崎はこういった「地味な実用入門書」が「バカにならない」と言う。
若ければ、とかくベスト・セラーをねらいたいものだが、そんなはなやかな出版には目もくれず、地味な実用入門書をこつこつと出している。それがどうしてバカにならない。「麻雀大観」や「手紙の書き方」は発売以来八年間にそれぞれ十万部さばいているし、「社交ダンス」や「愛情の手紙文」は各数万、目立たないで毎年コンスタントに売れている。最近では自動車のハンランで「自動車運転免許の取り方」「受験用自動車法令集」「自動車受験関係法規集」などがよく売れるという。
『第二 著者と出版社』p96
今堀曰く「ベストセラーなんて当てようとは思わないが、売れないものは出さない方針でやつています。社員にもよくいうのですが、はずれないものを企画せよとね」。これを受けて山崎は書く。「しかも麻雀にせよ、ダンスにせよ、何年たとうが腐らない。愛の手紙だつて、いつの世にも甘いささやきにかわりはないというのである。なるほど、こういう出版もあるものかなと競馬ではないが穴を見せられたようで、長い間出版社めぐりをやつて来た記者も、うならざるを得なかった」(ともにp96)。
この手の実用書出版は、一昔前ならゾッキ本屋と言われそうだが、たしかにあまり聞かない出版社のタイプではある。
■今堀文一郎と愛隆堂
『第二 著者と出版社』に「いまだ一度も「今堀文一郎」の名では本を書いていないのである」とあった今堀だが、のちに4冊の著書を自社から出している。即ち『中江藤樹』『杉浦重剛 : 帝王学の権威』『井伊直弼 : 幕末の青年首相』『伝教大師 : 比叡山の開祖』で、地元滋賀県にゆかりの人物の伝記ばかりだ。
それらの奥付によると、今堀は大正6年滋賀県の能登川町(現・東近江市)に貧農の長男として生まれた。大志を抱いて16歳で単身出郷、専検に合格して昭和17年(または18年)に明治大学法科を卒業。この間、「文学集団」という同人雑誌に参加して菊池寛の知遇を得る一方、日本経済新聞、産業経済新聞の記者を7年間務めた。
敗戦直後の昭和20年11月、雑誌『政経春秋』を創刊して主筆となる。続いて『婦人春秋』を出したが「二十一年五月にはもういけなくなつて」(『第二 著者と出版社』p98)、同年6月東京・飯田町で愛隆堂を創業した(昭和34年に出た『著作権台帳』第8版の自社広告【図2】では5月創業)。社名は今堀曰く「愛は国境と時代を超越する。そんなむずかしいことをいわなくとも、愛はアルハベット順から書いても、あいうえお順にいつても愛(アイ)は名簿なんか作る場合一番はじめにくる。隆は読んで字のごとく隆々たる発展というところでしよう」(『第二 著者と出版社』p102)。
最初の出版は岩田専太郎装丁の『流行歌大全』という本(今堀が編者)で、上記引用の通り実用書の出版に注力。23年6月神保町一丁目に社屋を新築、9月株式会社に改組した。53年創立30周年を記念しビルを新築。住所は神田神保町1-53とあり、地図で見るといまの小学館ビルの向かい側、東京パークタワーの辺りに社屋があったようだ。
【図2】『著作権台帳』第8版の自社広告。こういった“ミニ社史”がいろいろな所に埋もれている
■戦後に国政選挙に立候補した人を調べるには
『著作権台帳』第8版の自社広告をよく読むと「社長今堀文一郎は(中略)昭和三十三年五月の衆議院議員選挙に推されて立候補し、惜しくも敗れたが」とあった。
戦後に国政選挙に立候補した人を調べるには『国政選挙総覧 : 1947-2016』(日外アソシエーツ、平成29年)が有用だ【図3】。版元の解説文に曰く「戦後の国政選挙の候補者と当落結果を都道府県別に一覧できる資料集。各県の選挙結果を実施年順に並べ、候補者氏名・当落結果・党派・得票数を明記。調査しづらい補欠選挙の結果も網羅。全候補者延べ約4万人を五十音順で引ける「候補者氏名索引」付き」。人名索引から「誰が、何年の選挙に、どこの選挙区から立候補して、当選/落選したか」がわかる大変便利な資料集で、今堀を調べてみると昭和33年、35年、38年、42年の4回連続で衆院選滋賀全県区から無所属で立候補し、全回最下位で落選していることがわかった。
ちなみにこの本、税込20,900円もする本だが、なぜ私が持っているかというと、退職の時に貰ったからだ。日外アソシエーツでは退職時に1冊自社の本をもらえるという内規(?)があり――その存在を知らない人もいたからケースバイケースなのかも知れないが――上長に「私も辞めるにあたって何か欲しい、ついては『国政選挙総覧』が欲しい」と相談したら、貰えたのだった。なぜ人名事典の類ではなく、編集担当者でもなかった『国政選挙総覧』かといえば、入社以来どんどん人が減っていった所属部署に残った3人(上長・編集担当者と私)で苦労して作った、直近の本だからで、せっかくなのでの2人の署名を入れてもらった。
【図3】『国政選挙総覧』と、索引の今堀のページと、その掲載頁。のちに首相となる宇野宗佑と同一選挙区で争っていたことがわかる。
■愛隆堂のその後
今堀文一郎は昭和49年に病没、愛隆堂は長男の今堀信明が継いだ。「国会図書館サーチ」で愛隆堂の本を検索すると350件ヒットする。それを年代順に見ていくと、文一郎の没後は次第に実用書から離れて武道に関する本、特に中国拳法に関する本が多くなる。最も最近の本は昨年(令和5年)4月に出た大畑裕史著『超スロー32式太極剣 : 中国制定太極拳 改定第2版(DVD+Book)』という本で、往時に較べれば刊行点数は減っているもの、現在も事業を継続中のようだ。
○今堀文一郎(いまほり・ぶんいちろう)
愛隆堂創業者
大正6年(1917年)3月23日~昭和49年(1974年)3月31日
【出生地】滋賀県神崎郡能登川町(東近江市)
【学歴】明治大学法科卒
【経歴】貧農の長男で、16歳で単身出郷。専検に合格して明治大学法科を卒業。この間、「文学集団」という同人雑誌に参加、菊池寛の知遇を得る一方、日本経済新聞、産業経済新聞の記者を7年間務めた。敗戦直後の昭和20年11月に政経春秋社として雑誌『政経春秋』を創刊・主筆。21年には雑誌『婦人春秋』を出すも行き詰まり、同年東京・飯田町に出版社の愛隆堂を創業し、岩田専太郎装丁の『流行歌大全』を初出版。23年株式会社に改組。東川光隆『手紙の書き方』、橋本清秀『愛情の手紙文』、藤原良精『社交の手紙文』、秋庭桃村『俳句の作り方』、内山紀元『短歌の作り方』、吉田羅漢坊『川柳の作り方』などの実用書を、自身を交えた共同筆名で執筆・出版。実用書の出版社として成長した。ラジオ放送、講演、評論なども行い、政治団体・水明塾塾長として政治にも奔走。33年、35年、38年、42年の連続4回、衆院選滋賀全県区に無所属で立候補して落選。日本出版クラブ評議員。著書に『中江藤樹』『井伊直弼』『杉浦重剛』『伝教大師』などがある。3月25日生とする文献もあるが、出版平和堂顕彰者名簿の3月23日生を採用した。
【参考】『第二 著者と出版社』山崎安雄〔著〕/学風書院/1955.7、「出版クラブだより」1974.5.10
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