皓星社(こうせいしゃ)図書出版とデータベース

第21回 なごみ堂の均一台から(1)――北見市の福村書店一代記『母さんの風呂敷包み』

河原努(皓星社)

 

■カラサキさん、お久しぶりです。

今月上旬、弊社刊『古本乙女の日々是口実』(平成30年)の著者であるカラサキ・アユミ(@fuguhugu)さんが上京された。新刊の作戦会議もあるということで弊社を訪ねてくださり、会長の藤巻、社長の晴山、それに同書の解説を書いた書物蔵(@shomotsubugyo)さんを交えて、社で一緒にランチミーティングをした。
私が彼女と面識を得たのは6年前。その日は土曜日、書物蔵さん・森洋介さんという面々で週末古書展から東京堂書店へ流れると、書物蔵さんが「今日、これから『古本乙女の日々是口実』【図1】の出版記念会があるのよ。よかったら2人とも一緒に来る?」と言う。元皓星社員の森さんはともかく、皓星社とは雑誌記事データベースの商売敵である日外アソシエーツの、それもデータベース編集部員である私がのこのことついて行くのもいかがなものかと思わなくもなかったが、それ以上に面白い話が聞けるかしらん、と同行したのだった。そこで藤巻・森という実に癖の強い2人と席を同じくしたことが現在の人生行路に大きな影響を及ぼしたのだから、縁とは不思議な物である……。

【図1】古巣時代にカラサキさん・書物蔵さんから献呈署名を貰った『古本乙女の日々是口実』

 

■蕨駅前の古本屋・なごみ堂へ

昼食後、カラサキさんは自由行動。ツイッターを拝見しているとお母さん業も板に付いてきたところだが、その古本への情熱はますます燃えたぎっているようで「今回の上京の一番の目的は蕨市のなごみ堂さんです! これから行きます!」とのこと。書物蔵さんが「私も行ったことがないからご一緒しましょう、筋斗雲でお送りしますよ」と言うので、私もちゃっかりついていくことに。神保町から小一時間、カラサキさんと話し込んでいるとあっという間に蕨市へワープ。
「車を停めてくるね~」という書物蔵さんとしばし別れ、カラサキさんと均一台を見る。訳の分からないヘンな本ばかりがあるので、おもわず「これ、兵務局(@Truppenamt)案件だなあ」とつぶやいた。彼なら嬉々として拾いそうな均一本がゴロゴロしている(※1)。出版史がらみの本を探すと、肩書に“福村書店社長”とある下斗米ミチ『母さんの風呂敷包み』(扶桑社、平成元年)を発見。コレ、初めて見る本だ。戸田達雄『私の過去帖』(昭和47年)という本をパラパラめくると「オリオン社」「片柳忠男」の文字列が目に入る。「『カッパ大将 : 神吉晴夫奮戦記』の片柳じゃん! 隠れ出版史本だな」とこれも回収。共産党系の国会図書館員・山崎元『発掘・昭和史のはざまで』(新日本出版社、平成3年)などと一緒に書物蔵さんに提出したのであった。均一台でこれだからね……中は雑本の巣窟で、脚立に乗って上から舐めるように書棚を見ていたカラサキさんは「全然時間が足りない……どれくらいでも居られますよ」。店主はカラサキさんのただ者ではない佇まいに何かを感じたのか、会計の際に「あなた、古本のマンガ描いている人?」。“古本乙女”であることをあっさり看破されたのであった。

※1 兵務局さんは私たちの古本フレンズ。彼と西部古書会館で開催される(特に雑本が多い)大均一祭を冷やかすのが、私にとって古本を見ていて一番楽しい時間である

 

カラサキアユミ、愛を叫ぶ

この日の2人の収穫は次の通り

書物蔵のなごみ堂評
「一言で言うと、昭和30年代から50年代の雑本ばかりがよく揃っているんだ。主題ジャンルでいうと、戦記物とかが多いんだけど、生活とか実用書とかいわれたものも多く、実はそういったものは古本屋でも廃棄されてしまっていたから、これから価値が出てくるものだったりもする」

■女社長の一代記

オリオン社と片柳については、明らかに深ーい沼が目に見えるので調査・紹介は後日にまわすとして、今月は『母さんの風呂敷包み』【図2】のみ。「福村書店という版元があったよなあ」と思っていたら、戦前からある教育書を中心とした専門書出版社のそちらは、現在福村出版と名を改めて盛業中。目を通すとこちらの福村書店は北海道北見市の小売書店であった。

【図2】『母さんの風呂敷包み』

 

下斗米ミチは、大正12年(1923年)朝鮮・新義州で暮らしていた島田家で生まれ、幼い頃に北海道に住む伯母の家(香川家)の養女となった。養家の兄は「市役所を定年退職し、昔から得意だった水彩画や版画を制作して毎日を過ごしています」(p197)とあったので市井の人と思っていたら、香川軍男(1915-2002)という人で、芋版画家として著名なようだ。ミチは14歳で働きに出て、やがて満鉄社員と結婚して昭和18年に渡満。同地で敗戦を迎え、北海道に引き揚げた後に、義妹の名前からとった福村書店を開業。販売一筋に歩み、50年夫の病死により2代目社長に就任。わずか2坪のバラック立てから、最盛期には市内に3店舗を持ち、札幌、旭川にも進出するも、平成23年書店不況に抗しきれず、福村書店は倒産した。
しかし、この記事によると25年に店舗は復活、「Googleマップ」で見てみると、令和4年10月現在も営業中のようだ。
インターネット(と国会図書館デジタルコレクション)を検索すると、『開発こうほう』平成26年2月号の座談会中に「『HARU』(※2)は下斗米ミチさんという92歳の女性に編集長をやってもらっています。北見で福村書店という本屋さんをずっとやっていた方で、その人脈を活かして地域の文化人に寄稿していただいています」という記述がある。ご存命なら今年で100歳、『出版文化人物事典』は物故者を収録対象とするので、今回は書籍の紹介に留めます。

※2 弊社刊の柴田志帆編著『全国タウン誌総覧』(令和4年)に掲載されている、次の雑誌と思われる

 


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