皓星社(こうせいしゃ)図書出版とデータベース

第7回 答えから引く法――頼朝の刀の銘は?

小林昌樹(図書館情報学研究者)

自分は西洋史出身のせいか、日本、それも前近代の歴史モノが苦手である。ただ、幸か不幸か、図書館のレファレンスでは、くずし字の読み解きなどは謝絶してよいことになっており、司書でいる限り古文書読解にガチで取り組むようなことはない。
ただし、ふつうに近代活字の世界で対応可能なネタであれば、宇宙のはてだろうが古代エジプトだろうが対応するのが公共図書館のレファレンス・サービス方針で*、困る場合が多いのだが、だからこそ主題専門家ではできない部分もあったりする。職業専門家がいないような知識ジャンルなどは特にそうである。
さて、ある時、「頼朝の刀の銘は?」と聞かれた。ゲーム「刀剣乱舞」(2015年)が流行したからだろう、刀剣についての質問は、以前はほぼなかったのだが、ちらほら出始めるようになっていた。

■頼朝佩刀の銘は?

こういった〈自分が苦手でなんにもわからない事柄について、まず最初にすべきこと〉は、実は、当該分野の棚へ走っていき――電話で質問を受けた場合だと、特にそうなる――手当たりしだいに、というか〈一番ぶ厚いレファ本から見ていく〉ことだ。
ちなみに、この質問には源頼朝という主題と、彼の刀、という主題の2つの要素がある。頼朝は初代鎌倉将軍だ、とて、日本史の棚へ奔っても決して間違いではないが、実はここにも、調べものを効率的にする際の法則が隠れている。それは、〈大きい事柄より小さい事柄から調べる〉と効率的**、という法則である。将軍頼朝と、彼の刀の「大きさ」とは何かといえば、端的に言って有名度。頼朝から調べればある種、確実に刀の銘は出るだろうけれど、頼朝文献には、もっと重要なことがたくさん書いてあるはずだし、日本語図書は索引が弱いことにかけて定評がある。だからここでは、刀のレファ本を先に見る、ということになる。
幸いなことに当時勤務していた人文課の課員の一人が、江戸学の創始者・三田村鳶魚の孫弟子にあたる人物で、彼の趣味に刀剣文献蒐集があり――刀剣自体の蒐集は多額の金銭がかかるので財産家でないと無理――人文総合情報室のレファ本の刀剣については、ほぼ十全たる選書になっていた。いまNDLオンラインを見ると、刀剣については20冊程度のレファ本が開架になっている。
ところがである。刀の銘から引けるレファ本は分厚い、何でも載っていそうなものがあるのに、持ち主から刀の銘を引けるレファ本は一冊もなかったのだ。
つまり、レファ本はほぼ完全に揃っているのに、刀剣について持ち主から引くことはほぼできない状況だったのだ。

 

○答えから引く方法
この質問を受けたのは2010年代。すでに2000年代のブログ流行の後なので、趣味、サブカル系の情報はネットでそれなりの量、検索できるようになっていた。そこで私は、誰かが頼朝の佩刀の名前をブログに記していないかと、おそらくもうブロブ検索専用エンジンはなくなっていたろうから、ググったはずである。
いまググると「髭切」や「鬼切丸」という刀が言及されており、ウィキペディアにも立項されている。どちらだったか「髭切」だったように思うが、一番ぶ厚い刀剣事典をさっと〈答えから引いて〉ことなきを得た。

■考察

○〈答えから引く法〉の欠点
この技法は、いちおう信頼できるレファ本に答えを求めることができる、という点で、インターネットと図書という双方を併せた複合効果を生んでいるように感じられる。しかし一方で、ロジカルな読者には薄々感じられるように、ネットに上がっている以外にも、頼朝の佩刀があった場合には、それが出てこない可能性がある、という欠点***がある。

 

○〈わらしべ長者法〉や〈要素合成検索法〉でフォローする
ただ、これに関しては、「髭切」「鬼切丸」などといった既に得たキーワードから、さらに検索をして、その先の説明文で新しいキーワード(ここの場合は、他の佩刀銘)を拾うといった〈わらしべ長者法〉や、すでに得たキーワード複数個を同時に検索することで、同種のもののリストを見つけるという〈要素合成検索法〉なども適用してみるべきだろう。あまりやるとレファレンスを逸脱してリサーチになってしまうので、司書はできなくなってしまうが、自分がエンドユーザであれば、多少の手間はかけられるわけである。
たとえば今、「”髭切” ”鬼切丸”」でググると、山のように趣味のサイトが引っかかるが、それはまぁおいておき、Googleブックスで「刀剣乱舞」と無関係な昭和時代の文献を見ると、『森銑三著作集』やら物集高見の『広文庫』やら、司書には定番の本が出てくるので、ちょっと書架に当たって見てくるか、ということになろうかと思う(これは〈要素合成検索法〉と連載の4回目、Googleブックス本文検索をかけ合わせた調べといえる)。
正攻法で戦前記事や郷土史を広く検索できる「ざっさくプラス」を検索してもよいだろう(図1・2)。
ネットは索引、情報本体は書物というのが、歴史的な調べではまだ有効なのかもしれない。

・図1 「ざっさくプラス」で”髭切”と検索

 

・図2 「ざっさくプラス」で”鬼切丸”と検索

 

○ウィキペディア日本語版はサブカルチャー項目で使える
ただし、「刀剣乱舞」のようにサブカルチャー領域で一定以上のブームを呼ぶような場合、しばらくすると、ウィキペディアでそれなりにレファレンス(典拠参照)の付いた項目が立項されるということも、ウィキペディアの編集履歴からみてとれる(「髭切」は2006年に立項されたようだが、2016年ごろから典拠が付けられ記述も長くなっている)。

 

○過渡期の終焉?――NDLのデジコレがいよいよ真価を?
あたかもよし、国立国会図書館が著作権未処理で館外に出していなかった何十万冊ものデジタル化資料を来年5月から登録利用者に限って自宅から見られるようにするという(河野書店NEWS 2021年11月17日****)。十年遅かったような気がしないでもないが、それでもなお、ネットと図書の、双方の融合にとり良いことだと思う。我々は調べものの歴史という点では、1990年代半ばからの、長い長い過渡期――もう四半世紀「過渡期」――を生きているのだから。

 

* 活字になっていない、つまり資料になっていない事柄は専門家・機関を探して紹介する(「レフェラル・サービス」という)のが、本来のレファレンス・サービスである。
** 憲法大臣だった金森徳次郎が地方のある高校へ行き、揮毫した。その際の情報が知りたい、といった場合、大臣列伝や金森伝記からはほぼ出ない。当該高校史や、当該地方資料を見るべきである。
*** 論理学上は「後件肯定の誤り」というが、それを利用した仮説推理(アブダクション)という方法がある。T.A.シービオク 、J.ユミカー=シービオク著シャーロックホームズの記号論』(1994年、岩波書店)参照。
**** 東京古書組合の動向について、外から一番わかるのが河野書店のブログである。

 

■次回予告

そろそろ次のことをやろうかしら……。
・日本語文献の形態別時代別残存率について:文献参照の困難さを事前予測する
ベテランのレファ司書は質問を聞いた瞬間に、無意識的にせよ、答えがでるまでのコストや困難さを経験的に察知していたりする。もちろん、実際に調べてみると当たり外れはあるが、この困難さの予測は、できれば言語化して利用者に伝えるのが望ましい。
言語化の鍵に、実は古書価格の戦時統制が絡んでくると気づいたのは何年前だったか……。

 


小林昌樹(図書館情報学研究者)

1967年東京生まれ。1992年国立国会図書館入館。2005年からレファレンス業務。2021年に退官し慶應義塾大学文学部講師。専門はレファレンス論のほか、図書館史、出版史、読書史。共著に『公共図書館の冒険』(みすず書房)ほかがあり、『レファレンスと図書館』(皓星社)には大串夏身氏との対談を収める。詳しくはリサーチマップ(https://researchmap.jp/shomotsu/)を参照のこと。

 

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