第51回 特別編・『近代出版研究』第5号の編集余話
河原努(皓星社・近代出版研究所)
■今年も編集余話を書きます
来月上旬、近代出版研究所の年刊研究誌『近代出版研究』第5号が発売になります【図1】。これまで連載の第22回、第33回、第44回とぞろ目で切りの良い数字で続いてきた『近代出版研究』最新号紹介回ですが、今回の連載回次は51回。昨年それだけ連載を落としたということか、立て直さないとなあ……。
【図1】『近代出版研究』5号の表紙

■特集「エフェメラって!?――軽薄短命の紙がみ」
今号の特集はエフェメラ(Ephemera)、中でも印刷物=〈プリンテッド・エフェメラ〉に光をあてている。エフェメラとは日常生活はでは余り耳にしない言葉だが〈薄くてはかない紙もの〉を指す。
例えば入場券(チケット)。展覧会や演奏会の会場に入るときにだけ必要で、その後は役目を終えて不要になる。その会場で配布される次回の展覧会やライブ情報を告知するチラシやフライヤー、もっと大きなサイズでいうとポスターも、告知期間が過ぎれば無用になる。こうした「役割を終えたら捨てられる」薄い紙ものを指す英語がエフェメラ。
特集のサブタイトルは「軽薄短命の紙がみ」とした。軽くて薄い上に(有用な)期間が短い紙ものなので、四字熟語「軽薄短小」をもじって「軽薄短命」、「紙がみ」は「神々」のもじりだ。考案者は当研究所の森洋介さん。
■注目されつつあるエフェメラ
スーパーのチラシを見て「水曜日は挽肉が2割引だから買いに行こう」などと考えるが、その週が終わるとチラシはゴミである(おおむねスーパーのチラシが有用な期間は一週間だろう)。裏が白いからメモ代わりにしよう、などと別の用途を考えない限り、スーパーのチラシを取っておく人はいないだろう。ただ、期間が過ぎたスーパーのチラシも年単位の時間を経ると、当時の物価や世相を伝える紙ものという価値が出てくる。また、みんなが捨てるものは残らない。残存数が少ないことは稀少ともいえ、そのことにより金銭的な価値もあとからなら生じ得る。
私は足を運んでいないが、数年前東京都北区の飛鳥山博物館で「I♥スーパー…スーパーマーケットのチラシにみる昭和」という、地元スーパーのチラシをもとにした展覧会があった。こうしたエフェメラを活用した企画展が美術館や博物館を中心に増えてきているようで、そうした流れを踏まえた上で、近代出版研究という我々のフィールドにおける紙ものを考えようというのが今回の特集意図である。
■古書日月堂・佐藤真砂インタビュー
毎号巻頭には50~60ページに及ぶ座談会(創刊号と3号)、またはインタビュー(2号と4号)を持ってきているが、今号はエフェメラ特集ということもあり、エフェメラを古書業界で扱ってきた第一人者として、古書日月堂・佐藤真砂さんへのインタビューを掲載した。他業種から35歳で古書業界に転身、女性古本屋として注目を集め、早くから〈エフェメラ〉を中心に据えた来し方をじっくりと伺った。分量は前号の片山杜秀インタビューと同じく5万字、約60ページに及ぶ。
インタビューの件をお願いしに事務所に伺ったのは2024年10月、実際にインタビューを行ったのは2025年7月。例年なら9月中に文字起こしを済ませ、各人に回覧して年の瀬には校了させているところだが、今年は11月下旬まで私が『ライトノベル雑誌・少女小説雑誌目次集成』の編集作業に追われ、まったく作業に入れず。12月になると『昭和五十年代をさがして』と4月正式リリースの新データベース「じんぶつプラス」の作業、それに『近代出版研究』の個別原稿のやりとりもあって、文字起こしを終えたのは正月休み。起こしてみたら7万字、全部載せる訳にはいかないので2万字超をばっさり落とした。2026年2月の松屋浅草「浅草古書の市」への出店で忙しい中【図2】、何度も丁寧に原稿の朱を入れて下った日月堂さんには感謝の言葉もありません。
今回はインタビューだけではなく、日月堂さんの自作年表「古書日月堂三十年史」も転載させていただいた。小林編集長も「執筆文献」(本人の書いた文章やインタビューなど)と「人物文献」(取り上げられた記事)を集めた「「佐藤真砂・日月堂」書誌」を作成し、古書日月堂の30周年に花を添えている。
【図2】松屋浅草「浅草古書の市」(2026/2/4-9)の「古書日月堂出品目録抄」より

■今号のエフェメラ特集の概要
他にも特集ならではの良い記事が満載なので、ここで紹介したい。
「エフェメール、読者券、偽正誤表──そして『スムース』」
伝説の古本同人誌『sumus』創刊者の一人、林哲夫のエフェメラ三題噺+αのエッセイ。
「『すてがたし』と『すつるもおし』──西垣文庫の一枚物」
大学図書館で紙ものの宝庫の整理に取り組んだ司書、松下眞也の経験談。
「書物界における有袋類の研究──明治期シュリンク・パック小考」
なんと、シュリンク・パックは明治期にもあった!? 藤元直樹が書物界の珍獣を発見!
「明治二十年代の大阪書籍商の〝販売資料〟を求めて」
在野出版史家、戸家誠が紹介する稀少な明治二十年代書籍商の販売カタログ。
「コケティッシュ・エフェメラ──戦前昭和の珍書屋「内容見本」論」
昭和戦前エロ・グロ・ナンセンスの地下出版に詳しい大尾侑子ならではの内容見本「チラ見せ」論。
「又一つ発売禁止秋の風──文展絵葉書の大量流通、春画的受容とその取り締まり」
美術も絵葉書になるとエロ画像!? 明治大正の新聞紙面から意外な欲望を掘り起こした松﨑貴之。
「レコードのエフェメラ──宣伝物から販売サービスまで」
音楽にもエフェメラあり! 毛利眞人が戦前レコードの販促材料をこれでもかと開陳。
「エフェメラの未来──神田神保町をデジタル・アーカイブにする」
米国人女性スーザン・テイラーが推進する「神保町エフェメラ・アーカイブ」プロジェクトについて。
コラム「本のエフェメラ小事典」
本と本屋のエフェメラ、書店カバー(書皮)、書店ラベル(書店票)、捨てられるカバー、蔵書票、帯、本屋の帯紙、本のしおり 、ブック・フェアの冊子【図3】について、小林昌樹・鈴木宏宗・森洋介がコラムを執筆。
【図3】森洋介所蔵のブック・フェアの冊子(一部)。紙面の都合で下記写真は掲載できず。

これらに加えて、特に重要なのは小林昌樹編集長の総論「なぜ今(いまさら)エフェメラなのか――デジタル化で出現した「対抗書物」」と、 昭和レトロ文化研究家として名高い串間努さんが戦前コレクターたちの「寸葉品」趣味を概観した「蒐集趣味における「寸葉品」大概──エフェメラと対比しつつ」の2本で、ともにエフェメラの定義/概念を考える上で必読。
串間さんは蒐集の立場から、エフェメラの「一時性」(短期間にその役目を終えること)ばかりが着目されることに警鐘を鳴らし、「重要なのは、短命であるはずのものが「結果として保存されている」という二面性であり、この点を欠く定義は、保存目的の文書や蒐集対象品を説明しえない不備を内包している」(本書p146)と、日本でのエフェメラ定義の再検討の必要性を説いて、次のように論じている。
米英の定義を無批判に借用して済ませるのではなく、日本におけるエフェメラの概念を再構築するため、少なくとも以下の要素を検討する必要がある(括弧内はエフェメラとして包含し得る対象である)。
一.一時性の効力(券・票・商品包装紙/箱)
二.当初からの完全保存性を志向したもの(記念もの・土産品)
三.紙以外の素材への拡大の評価(細工絵葉書・プリペイドカード類)
四.寸法の問題(ポスター・新聞の面積。立体物の大きさや厚みはどこまで許容するか)
五.枚数問題(冊子や書籍の扱い。製本形式の判断、頁数制限の有無)
六.複製性として印刷物と筆耕の関係(印刷以外の手書き文書の範囲)
七.「保存」と「消費」の合間で作成する美術的創作物系統の扱い(私製創作燐票・納札の交換札・蔵書票・木版年賀状・絵封筒・ポチ袋・花名刺等)以上の七要素すべてを範囲に収めるかを判断し独自の定義付けが成されなければ、日本におけるエフェメラ概念は歪なまま導入・定着される。日本の蒐集文化は、紙ものの多様性・素材の変成・趣味的創作といった独自性があり、実態は英米のエフェメラ概念が前提としてきた「保存されたもの」は満たすが、「一時的効用」「非保存性」に基づく定義の要素では捉えきれない。日本の文化的・歴史的背景を踏まえた自立的な定義を整備しなければ、資料分類や研究の基盤そのものが曖昧化する危惧がある。
(本書p147-148)
この箇所をみても、今号がこれからエフェメラについて語るためのマストアイテムになると言っていいでしょう。
■未来の研究プログラムを企画した幻の書
特集以外の記事も充実している。
オーラルヒストリーの聞き時は70代と、どこかで読んだ。お話を伺いたい古本フレンズはたくさんいるが、まずは近代出版研究所の顧問格である稲岡勝先生の研究史を伺うことになったのは2022年のこと。その時の録音はまだ未整理だが、その席に先生が「こんなのが出てきたよ」と持って来られたのが、今回資料として復刻掲載した『資料解説 日本近代出版史 制度と実態』と題する書籍の目次案であった【図4】。日本エディタースクール出版部から刊行する予定であったという。
先生曰く「『事典昭和戦前期の日本 制度と実態』(吉川弘文館、1990)という本があるだろう。近代出版史を研究する上で共通の基盤となる、ああいう本が必要だということで、何度か打ち合わせを持ったんだが、結局出なかった」とのこと。〈未来の研究プログラムを企画した幻の書〉の目次立てを目にした小林・森組は「これは重要ですよ、先生!」「『近代出版研究』で復刻しなきゃ!」と大興奮、今号での掲載とあいなった。そのための解題も兼ね、いま少しずつ存在が忘れられつつある吉田公彦さんのお仕事についての顕彰文を書いていたただいたのが稲岡勝「『日本出版史料』以前の事と吉田公彦さん」になる。
【図4】未刊行書籍『資料解説 日本近代出版史 制度と実態』の目次案。このページを含め12枚を影印復刻した

■小特集 紀田順一郎追悼
前号では「書物百般・紀田順一郎の世界」と称し、携わる分野が多岐にわたるためこれまで特集らしい特集がなかった評論家・作家の紀田順一郎先生を大きく取り上げる特集を組んだ。先生ご本人、総領弟子の荒俣宏さんを始め、これまで本誌とご縁がなかった様々な方々のお力添えを得て、200ページに及ぶ大特集となった。ちょうど本誌の発売月と先生の誕生月が同じで、卒寿(90歳)の盛大なお祝いができたと思った。
刊行の後も一巻本選集を編む企画で紀田先生とメールでのやり取りを重ねていたが、6月半ばにいただいたメールを最後となり、9月に訃報を知った。
その後、荒俣さんから先生を偲ぶ会を行うので協力してほしいとの連絡をいただき、11月30日に行われた「紀田順一郎先生を偲ぶ会」に少しだけ関わり、私も参列した。その時には弊誌で追悼の小特集を行うことは決まっていたので、懇親会の席上でジャストシステム創業者の浮川ご夫妻や同社で編集を手がけられた中尾勝さん、後藤光弥さんに直接お声がけをして、アンケートや追悼文をいただくことができた。
私自身も、やり取りしたメールの中にいくつか公表した方がよい事柄を見いだしたので、それをまとめることにした。私信の公表になるので奥様にご連絡を取る必要があり、荒俣さんにお骨折りいただいた。鹿島茂さんにアンケート参加のご快諾いただいたのも荒俣さんとの追悼対談の終了直後で、今号の小特集は荒俣さんとのご縁の賜物である。荒俣さんには改めて篤く御礼申し上げます。
弊誌、年刊誌ということもあって図書館ではなかなか採用して貰えないようだ。お値段がいささか……という向きには是非図書館にリクエストをお願いいたしたく。もちろんご購入も含めて、よろしくお願いいたします。
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