皓星社(こうせいしゃ)図書出版とデータベース

第5回 本という場所(SUNNY BOY BOOKS 高橋和也)

 

何事も時間をかけて取り組むのが苦手で、小さい頃から詰めが甘いとよく言われていました。今は昔に比べてそうでもない気がしていますが、決して得意になったわけではありません。せっかちな気持ちに負けて「えい、もうこれくらいでいいや」と最後の最後で勢いに任せて「ほら見たことか」とやってきたことが水の泡になる、なんてことはいまだにあります。やり直しとなるとまた時間がかかるし、やる気も削がれるのでいいことはありません。結局は最後まで手を抜かずにやり切ることが一番の近道なんだろう、と30代の半ば過ぎにして気がついた最近です。

 

27歳の時に「SUNNY BOY BOOKS」をオープンしてから10年近くひとりで本屋をやってきましたが、昨年家族の事情で東京のお店を離れ、今は沖縄から遠隔で運営に関わっています。そんなことできるのか? と半信半疑でしたが、なんだかんだで1年半が経ちました。お金のことを言うと手元に残るものはほとんどないので、どうにかしなくてはいけませんでした。

 

考えた末に沖縄で新しい本屋「本と商い ある日、」を立ち上げることにし、今はちょうどオープン準備に追われているところです。内装や本棚の製作、展示の企画、商品構成、喫茶メニューなど取り組むべき目の前の案件と過去の反省が重なって、前述したような自分の詰めの甘さを改めて思い知るという日々を送っています。しかし、むやみやたらに時間をかければ上手くいくというわけでもなくて、最初からじっくりやると決めてかかるのも違う気がしています。やりながらこれまでの経験や身につけてきた判断力によってどうやらこれは時間がかかりそうだ、とわかった時に、最初にやると決めた自分をいかに励ましながら投げ出さずにやれるか、そこの時間が大切なんだろうと思っています。

 

今はオープン準備における物事ひとつひとつを想定していますが、そのことはお店が開いてからの最も難しい問題である「継続」においても言えることだと感じています。立ち上げに際して本やグッズはここに来てくれるであろうひとを想像して選ぶしかないので、オープンしたらいよいよその答え合わせが始まります。最初から100点だと自分に甘くなってしまいますし、0点ではやっていけません。半々くらいの反応だと自分を励ます材料もあるのでちょうどいいような気もします。そこから自分だけでなく、お客さんにとっても心地よい場所を作り、商売としてやっていくのに時間がかかるのは目に見えています。でもここからやっとお店は始まるのだと思うのです。だからこそ迫りくる問題ひとつひとつに自分がしっかり向き合う心と時間を保っておくことが大事になってきます。

 

と、わかっているようなことを書いていますが(一度お店を立ち上げているのでわかってはいるのですが)、それがなかなか出来ません。最初に書いたように「こんなもんだろう」というところで手を打とうとする弱い自分が出てきてしまうのです。でもそんな時は、「僕は本屋で、本を届けているのだ」と自分を励ますように思うようにしています。本とは、本屋とは、そんなことに目を向けると心が少し落ち着くのです。

 

抒情詩人として知られる立原道造が残した「問答」という詩があります。

 

何しに僕は生きているのかと

或る夜更けに

一本のマッチと

はなしをする

 

誰もが過ごしたことがあるだろうふと立ち止まる時間、思い詰める「僕」に何があったのか。自分なら一体どんな話を一本のマッチとするだろうか、と思いを巡らせます。なんとも言えない優しさがあるこの詩が好きです。

 

こんな感じで本は強く、はっきりと、明確な言葉だけでなく、誰かの残した曖昧な気持ちも柔らかく届けてくれます。むしろ後者のような心のざわつきを届けるということにおいては、ざらざらとした紙の肌触りが合っているように思います(今、手元にある詩集を手にしてもそう思うのです)。自分自身、そういう感触のある言葉を感じられる本が好きです。ある意味、心もとないひとの心を包み込むことができる本という存在を届ける本屋をやっているのだから、こうありたい自分になかなか追いつかない自身の弱さも受け入れていいのだ、と思えてくるのです。

 

なんというか本はそういう場所だと思っているので、本屋という開かれた場所も誰かの弱さを受け入れることができると信じています。それは、逃げているだけかもしれませんが、逃げ道もないと窮屈です。逃げているうちによいしょ、と思えるタイミングが来てもう一度問題に向き合う元気が出てくることも知っているのです。そんなことを繰り返しながら投げ出すことなく、なんとかお店の舵を取っていけたらと思っていますが、さてどうなるでしょうか。もうすぐやってくる夏には、お店を開けていられたらと思っています。

 


高橋和也(たかはし・かずや)

1986年千葉県生まれ。東京、学芸大学駅にあるSUNNY BOY BOOKS店主。小さいお店ながら新刊や古本、ジン、雑貨などを揃え、定期的に展示を行う。自主制作の本を制作するSUNNY BOY THINGSの活動もする。2021年2月から沖縄に拠点を移し、現在は新店舗「本と商い ある日、」の開店準備中。沖縄に移住してから新店舗オープンまでの日々を綴る「本屋な生活、その周辺」(フィルムアート社ウェブマガジン「かみのたね」連載企画)を連載中。

 

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