第53回 早大出身の男爵子息が慶大の出版会設立に参加していた件――慶応通信常務の山根勝亮
河原努(皓星社・近代出版研究所)
■土曜日の朝、会社の机にて
ただいま、令和8年(2026年)5月9日土曜日、朝8時。会社の机に座っている。この連載の執筆は会社の仕事ではないので(むかし仕事に計上したら社長から「メルマガ連載は仕事中に書かないでください」と言われた)、平日の仕事中にはできない。それで〆切前の週の土曜に会社に出て、書いている。
机周りの積ん読の山には、いろいろな方が私に「こんな本があったよ」と渡してくれた、知られざる出版人の饅頭本が埋もれている。今回は雑本漁りの名手である兵務局さんが掘り出した山根勝亮『人生悠悠 人間万事塞翁が馬だ!』(バンガード社、2001)【図1】を取り上げよう。うーん、いかにも均一台にありそうな書体と装丁だ。いま手元にものは兵務局さんから書物蔵さんの手に渡ったものであることがX(旧ツイッター)から分かる。国立国会図書館未所蔵で、東京都立図書館の横断検索やCiNii Booksを引いても所蔵がない、珍しい本だ。
【図1】紹介書の書影と目次

■男爵家の四男として生まれる
著者の山根勝亮(やまね・かつすけ)は、長州閥の陸軍中将・山根武亮の四男として生まれた(注1)。父は日露戦争の功労で男爵に叙爵され華族となり、貴族院議員も務めた人物。母の父は高島徳右衛門といい、徳右衛門の兄は実業家で高島易断でも知られる高島嘉右衛門(高島呑象)。父の母の兄(伯父)は陸軍中将の三浦梧楼(三浦観樹)という名士で、父が軍人になったのも伯父の影響からであった。父は森鷗外と仲が良く、本書ではこんなこぼれ話が紹介されている。
晩年夕食のあとの座談で、「昔私の親しい友人に、森鴎外という、頭のよい軍人にして文豪がいた。私は自分の手紙の代筆を頼もうと思うのだがたヾ頼むのも恥ずかしいので自分で下書きを書いてゆき、少し手を入れてくれと話して、手を入れてくれたのを見て、もう少し手を入れてくれと御願いすると私の原文はいつのまにか名文に代っていて先生に代筆して貰った事になった」と、冗談交りで云っているのでした。
『人生悠々 人間万事塞翁が馬だ!』p13。以下引用は同書
注1 Web NDL Authoritiesでは読みが「かつあき」となっているが、『昭和新修華族家系大成』では「かつすけ」でこちらが正しいと思われる。
■長い寄り道
山根は東京府立第一中学(現・日比谷高校)から、大正13年旧制水戸高校に進学するも、病気のために中退。療養を続ける中で、昭和初年に母と父を相次いで亡くした。間もなく結核のため正木不如丘の富士見高原療養所に入った(宮崎駿のアニメ映画『風立ちぬ』でヒロイン・菜穂子が入院するサナトリウムのモデル)。
昭和7年、彼は「将来の生き方を決めなければと考え(中略)事業を起こす資金も体力もない自分には私立大学に再入学する以外方法はない」(p47)と考え、親友の伝手で第二早稲田高等学院に入り、学部は「法学部だけは三年間に必要の単位に合格すれば卒論が必要ありませんでした」(p48)ということで法学部へ。そしてなんとか昭和11年に早大英法科を卒業した。
さらに親戚の伝手で朝日新聞社長の緒方竹虎のもとに就職相談に行くと「三十一才(注2)にもなって卒業した理由と入社試験はもう終了済の現在申し込んできた理由はなにかと聞かれ結核で療養していたのでとお答えすると新聞社のきびしい勤務はやめなさい入社するのは死に来る様なものだ」と言われ、断念。父の後を継いで貴族院議員となっていた実兄・健男のコネで東京市に潜り込んだ。
注2 数え年。1936年(大学卒業年)-1907年(生年)で、満年齢では29歳。
■戦時中、出版界へ転じる
山根が出版界に入るきっかけは下記の記述によるが、時期ははっきりしない。
東京市役所が都庁になって軍人の都長官が任命された事が私の大事件でした。
私は十年程の療養生活を送りやっと早大を皆さんの後援で卒業し市役所月給職員になりましたのに市役所が官庁になるのです。中島〔守利〕代議士や兄〔山根健男〕も貴族院議員で都庁に勢力を持っているとはいえ私自身は転職を決心し、小山〔礼吉〕先生に御相談するのでした。
先生は何も云わず、先生の師事する是松先生に相談して下さって日本出版協会の留岡幸助専務理事を紹介して下さり、早速神田の富山房ビルの協会事務所に伺いました。(p74。〔〕は筆者の補記)
「軍人の都長官」は陸軍大将の西尾寿造で、都の長官には昭和19年7月に就任。文中、出版協会の専務理事とされている留岡幸助は昭和9年に亡くなっているので、正しくはその子息で教育学者の留岡清男。ちなみにその留岡清男は昭和19年6月に治安維持法違反で検挙されている。日本出版協会は日本出版会の誤りだろう(昭和15年12月設立の日本出版文化協会が昭和18年日本出版会に改組)。国会図書館デジタルコレクションで見られる『東京市職員録 昭和16年9月1日現在』を参照すると昭和16年までは東京市に在職しているのがわかる。これらを勘案すると、山根は昭和18年、遅くとも19年初め頃までに日本出版会に転じたと思われ、同会では業務部資材課職員として出版用紙の配給業務に従事した。
この本、あとがきに「四回も校正を重ね」とある割には未整理の語りおろしのような文章で、この手の正確さを欠く記述が散見される。けれど、貴重な戦中戦後の証言ではある。華族だからか、戦前だからか、結核だったからか、コネ頼みの就職活動にみえる。
■慶應通信の設立に参加して
出版統制団体(行政権限があった)であった日本出版会は戦後、解散する。
終戦後の事件が解決し協会は解散、我々は次の職場を求める事になりました。私は出版協会の事務処理には成功したと自信をもって云えますが、そこで私が覚えた事は出版事業のむずかしさを十分教えられたことです。
協会で親しくなった人に雑誌の出版や出版社設立もすヽめられましたが、私は自分にはできないと自覚していました。
(中略)
私に今後どうする積りかと聞かれて私は途方にくれていると申し上げますと浜井重役は私を慶応が作る新会社の営業常務に推薦したいがどうかと云われ私も喜んで御願いしました。
銀座の交詢社に来る様にと云われました。私もその時間に伺いました。塩山、浜井両者の他に慶応大学財務理事の神崎丈二さんが居られました。三人とも同窓生でした。神崎理事は私の事をよく聞いて居られた様子で最初から私に御願いしますとすぐに云われるのでした。
併しすぐに神崎先生はたヾ二つの条件を承知して下さればと云われます。「第一の条件は大学は戦争の為め破産の状態の時に私は就任したので、大学が赤字経営の小会社を持つわけにはいかない。君が経営して赤字経営になったらその会社はすぐ解散させる。併し赤字経営さえしなければ一切営業は君に一任する。第二の条件は君は慶大出身でなく早大出身だそれ故君がこの会社でいくら業績をあげても社長には絶対にしない慶大出身者を教育して後任の社長にしてくれ」。と云われ私もその発言の爽やかさに心うたれすぐに承知しました。(p82)
その場で新会社の社名は「慶應通信教育図書株式会社」に決定(注3)、昭和27年に「慶應通信株式会社」、平成8年に現在の「慶應義塾大学出版会株式会社」に社名を改めた。「初代社長は慶大出身の長老・金沢冬三郎、編集常務は戦災で顔に負傷され塾長を引退された小泉信三先生の秘書課長だった富田正文」(p83)という陣容で、当初の約束通り金沢社長の後は富田が継ぎ、富田の社長退任とともに山根も引退した。それにしても「君は慶大出身でなく早大出身だそれ故君がこの会社でいくら業績をあげても社長には絶対にしない」という言葉は、率直で凄みがあるなあ。それで今回のタイトルはライトノベル風に付けてみた。
その後、山根は平成13年(2001年)94歳の時に今回紹介した回想『人生悠悠 人間万事塞翁が馬だ!』を著した。現在存命だとすると119歳だが、現在の長寿日本一は114歳だそうで亡くなっているのは確実……と書いたところで、とある新しい資料を確認してもらうと「平成17年(2005年)8月3日没」と判明した。訃報を調べるのも大変である。
【図2】『出版社調査録 1976年版(第5版)』(丸之内リサーチセンター、昭和50年)より。「役員」の項目に山根の名が見える。

注3 山根の文章では「慶応通信教育株式会社」となっているが、慶應義塾大学出版会ウェブサイト「会社概要」の沿革では「慶應義塾の通信教育の事務一切を行う 「慶應通信教育図書株式会社」 として設立」としている。
○山根勝亮(やまね・かつすけ)
慶応通信常務
明治40年(1907年)1月7日~平成17年(2005年)8月3日
【出生】東京府豊多摩郡千駄ケ谷町(東京都渋谷区)
【学歴】東京府立第一中学卒、水戸高校中退、早稲田大学法学部英法科〔昭和11年〕卒
【経歴】陸軍中将で男爵となった山根武亮の四男。父の伯父に陸軍中将の三浦梧楼(三浦観樹)、母の伯父に実業家で高島易断でも知られる高島嘉右衛門(高島呑象)がいる。水戸高校を病で中退して療養生活に入り、復帰して早大法学部を出たときには29歳になっていた。貴族院議員の兄・山根健男のコネで東京市役所に入るが、戦時中に日本出版会に転じ、業務部資材課職員として出版用紙の配給実務に従事した。22年早大出身ながら慶應通信教育図書(27年慶應通信、平成8年慶應義塾大学出版会に改称)の創設に参加、営業担当の常務として采配を振るった。著書に『ゲルマニウムの自然治癒力』、回想『人生悠悠 人間万事塞翁が馬だ!』がある。
【参考】『人生悠悠 人間万事塞翁が馬だ!』バンガード社/2001.12
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