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まず、パレスチナの歴史を知ってほしい  重信房子

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《はじめに》

2022年12月末にイスラエルにネタニヤフ政権が発足して以降、パレスチナ人への極端な民族浄化政策が続きました。そして2023年10月7日、パレスチナ解放勢力は一丸になって「アルアクサ洪水作戦」を決行しました。彼らは激しい民族浄化に、絶望よりも決死の戦いを選びました。これは、イスラム抵抗運動組織の「ハマス」の作戦だと言われますが、パレスチナ解放のために運動してきた「ファタハ」も「PFLP」も、ガザの全パレスチナ武装解放勢力が共同して戦ったのです。

この戦いの結果、世界がパレスチナ問題に目を向けていることを、今こそ大切にすべきだと思います。米国は自分の都合に合わせた二重基準で世界秩序をリードしてきました。そのダブルスタンダードが、今では世界秩序を破壊している現実が目の前にあります。

日本の報道では、なぜパレスチナで紛争が起こっているのか、大切なことが伝えられていません。私は国境を越え、二重基準を排したより公正な世界秩序を求め、パレスチナを含む人民連帯の行動と結び合いたいと願っています。

 

《日本では大切なことが報道されていない》

ネタニヤフ政権の特徴は、一言でいえば、国際法も国連決議も無視して「占領地」と「イスラエル」という区分けを取り払った事です。これは、未来永劫パレスチナを全部イスラエルの領土にするという、ネタニヤフらリクード党の思想の祖、ジャボテインスキーが主張してきた「大イスラエル主義」の実現です。新ネタニヤフ政権は、それらよりも露骨に全土イスラエル化をめざしています。

ネタニヤフ内閣のスモトリッチ財務相は2023年4月、欧州で「パレスチナ人など存在しない。パレスチナ人の言語、通貨、歴史や文化もない。何もない」と公言しています。こうした大臣たちが入植者を鼓舞して挑発扇動を繰り返し、パレスチナを地図からも国際社会からも抹殺する全土イスラエル化を既成事実で積み上げてきました。

さらに同年9月、ネタニヤフ首相は国連総会で「新しい中東」として地図まで掲げて演説しました。この地図のイスラエルは、西岸パレスチナ自治区もガザ地区も抹殺し塗りつぶしています。シリアゴラン高原も含めて、併合済みの「大イスラエル地図」が国連の場で堂々と掲げられました。こうした大切なことが日本では報道されません。

イスラエル国内でやっている国際法、国連決議を無視した非合法な「大イスラエル」を公的な場で認めさせ、UAEと結んだ「アブラハム合意」を基礎に、イスラエルがサウジアラビアを含むアラブ諸国と経済関係、国交を開いて「新しい中東」を作ると宣言しました。これまでのアラブ連盟の原則は、「パレスチナ問題の解決なしにイスラエルと国交を結ばない」というものでしたが、イスラエルは逆に「アラブ諸国とまず平和条約を結びパレスチナ問題を解決する」と主張してきた長い歴史があります。今回の宣言は、サウジを巻き込んでイスラエルの主張通りにするという奢ったものでした。

 

《今回のジェノサイドで見えてきたこと》

しかし、米国の見返りを期待してイスラエルと和平を結んだどのアラブの国の国民も、パレスチナ問題解決抜きの和平を認めていません。だからハマスの作戦主体は、「アルアクサ洪水作戦」を通じて各国民衆の反シオニズムの意思を力として、各国政府に働きかける意図もあったと思います。アラブ諸政府も、民衆のパレスチナ連帯に背いてイスラエルと蜜月を示すことはできません。イスラエルと国交回復の署名直前と言われたサウジアラビアも洪水作戦後、ただちに関係を凍結しました。イスラエルの非人道的な空爆、ジェノサイド、さらにはガザ侵攻に対してアラブ諸国の人びとの大規模なデモが続いたからです。

これまで米国を始めとする世界がイスラエルの国際法や国連決議無視を庇い、安保理で拒否権を使ってまで護ってきた結果、世界はパレスチナの現実を知ることが出来ませんでした。

米国はロシアの占領に抵抗するウクライナの民を英雄だと称え巨額の軍事援助を繰り返して来ました。その一方でイスラエルの占領に抵抗するパレスチナ人は見捨てて来ました。占領に抵抗するウクライナ人が英雄なら、イスラエルの75年以上にわたる占領に抵抗するパレスチナ人もまた英雄です。このアルアクサ洪水作戦の結果、現場から命がけで真実、事実を伝えようとしているジャーナリストたちのお陰で、私たちは人類の危機ともいえるジェノサイドを知る事になりました。

 

《パレスチナ問題発生の責任はどこにあるのか?》

ネタニヤフ政権は司法改革に対するイスラエル国民の激しい反対に直面し、その批判をかわすべく、パレスチナ人に対する激しい弾圧、挑発、殺害を続けていました。「パレスチナ自治区」とは名ばかりの西岸自治区で、イスラエルはジェニンで難民キャンプへの大規模攻撃を行い、アパッチヘリを投入して殺戮を繰り返したり、何百人もの入植者がパレスチナ人の村に押し寄せて破壊、放火して村人を追放したり、駆け付けたイスラエル軍は入植者と勝利を祝って踊り出す始末です。パレスチナ人の集合住宅を違法だと爆破するなど激しい民族浄化が繰り返され、すでに政権樹立から9カ月足らずでパレスチナ人は、260人も殺されていました。

まさにネタニヤフ政権は、地図上からも実態としてもパレスチナ人をアラブ諸国に追放してそこに同化させようと昔から企んでいました。パレスチナ人はこのような抹殺に直面し、絶望よりも戦いを選んだと言えます。

1947年の国連のパレスチナ分割決議では戦勝国、米国の力でパレスチナは、大変理不尽な事態に直面しました。欧州で起こしたユダヤ人迫害の責任を欧州は取らず、その解決を英国植民地支配から独立を求めていたパレスチナに押し付けたのです。当時のパレスチナはアラブ(パレスチナ)人が94%の土地を持っており、ユダヤ人はパレスチナの土地の6%しか持っていませんでした。しかしユダヤ機関や米トルーマン政権の暗躍した国連決議によってユダヤ人たちは、港と肥沃な平野部などのパレスチナ領土の56%以上を与えられました。しかしシオニストたちは、それ以上の領土を占領し、人口の3分の2以上を占めていたアラブ(パレスチナ)人を虐殺、追放しました。当時パレスチナに住んでいた約半分に当たる75万人以上のパレスチナ人が難民となりました(この大惨事、大厄災を、アラビア語で「ナクバ」と言います)。以来、故郷への帰還をイスラエルに拒否され、近隣諸国で75年間も難民として暮らす結果に至り、今ではその子孫は600万人以上を数えます。国連決議では1948年にパレスチナ人の帰還の権利が認められ、パレスチナ人はエルサレムやパレスチナ占領地の返還を求めてきましたが、米国の拒否権に護られたイスラエルは占領地を併合し続けてきました。だからずっとパレスチナ解放闘争が続いたのです。

今このナクバが再び繰り返されることをパレスチナ人は恐れています。

 

《誰が占領者なのか?》

ネタニヤフたちは、差別し軽んじてきたパレスチナ人に一敗地に塗れ、怒りと共にこの機会にガザを徹底的に占領、従属させようと躍起です。ガザを完全封鎖し、水、食料、電気、燃料も完全停止しました。2006年にハマスが選挙でファタハに勝利して以降、2007年からガザへのイスラエルの集団懲罰、封鎖は今に至るまで続いてきました。東京の23区の6割に満たない265㎢の土地に230余万人が封鎖されて暮らすガザ地区の住民に対する無差別空爆、ジェノサイドは明らかな戦争犯罪です。

ですから今、ハマスなどパレスチナ勢力を非難する前にまず考えてほしいのです。だれが占領者なのか? と。イスラエルが占領者であり、パレスチナ人が占領された土地に住む被占領者、被害者であるということ。この前提を抜きにした発言が横行してきたことが、平和解決をここまで損なわせてきました。

まず占領、占領者が裁かれ、占領をなによりも終わらせるべきなのです。占領者と被占領者の暴力を同列に置いてハマスが悪いなどと論じるのは欺瞞です。占領された人々が、人間の尊厳を掲げて戦うことは国際法、国連決議でも認められてきました。世界人権宣言に基づく権利を勝ち取る抵抗権は世界の人びとの奪われてはならない権利です。まず国際社会がこぞって占領をやめさせる方途を作るべきです。ガザ住民に対するジェノサイドの危機に国際社会は、停戦と包囲解除を訴え実現する事が火急の責務なのです。

ガザへのジェノサイドばかりか、危険な情報戦が続いています。イスラエルはいつも情報戦でレバノンからヒズボッラー(神の党)が攻撃するとか、イランが攻撃するとかプロパガンダをしていますが、レバノン南部をはじめに空爆し、シリアのダマスカス空港なども既に爆撃しているのはイスラエル軍で、イランを戦争に引きずり込もうと戦場を広げています。かつて「中東の民主化」の名のもとに、東中東地域へと戦争を広げ、自分たちの気に入った政権に替えようとして失敗したブッシュジュニア政権の米軍の参戦をアラブの人々は警戒しています。こうした危険な戦争の拡大を警戒し、何としても、ガザへのジェノサイドを止めなければと思います。

 

《イスラエルのたくらみ》

最後に、やはり日本では報道されないことをもう少し書いておきます。1999年、ガザの沖合36kmで油田が発見されて以来、イスラエルは、パレスチナ人のガザの富を狙ってきました。この油田には埋蔵量330億立方メートルの天然ガスがあると推定されています。「ガザ・マリーン1」とよばれ、資源開発が目指されてきました。「ガザ・マリーン2」はイスラエルとの境界上の領海で、そこでも30億立方メートルの埋蔵量の天然ガスが発見されています。イスラエルは「それらは国家しか占有できない」という論理で、パレスチナ人の資源開発を妨害していました。イスラエル、ネタニヤフらの野望は、「ハマス」「ハマスのテロ」を口実にしながら、ガザからパレスチナ人を追い出してガザを再占領し、この利権を狙うことです。イスラエルはこれまで開発に反対してきたのですが、ネタニヤフが2023年6月に仮許可をしています。エジプトの会社が請け負い、イスラエル、エジプト、アッバースら自治政府で、ハマスを抜いて利権を話し合い、今年中に調印を目指していました。ハマス抜きに進めることは出来ないと、専門家は主張していました。ここにハマスを一掃したガザ占領を野望するもう一つの意図があります。

ネタニヤフは初めて首相の座に就いた1996年に「パレスチナ人はエジプト領のシナイ半島の一部を割譲してパレスチナ国を造ればいい」と述べて、アラブ世界の猛反発を招きました。その後もオバマ政権の高官に「西岸とガザ地区のパレスチナ人を、エジプトのシナイ半島の一部を割譲して、パレスチナの国を造ったらどうか」と提案したことが暴露されています。今回もガザのジェノサイドの最中に同様の秘密文書がイスラエル紙ハーレツにリークされています。それによると、パレスチナ住民をガザの北から立ち退かせ、逐次北から南へと地上作戦で追いやり、エジプトのシナイ半島北部にテント都市を設立しパレスチナ人の再定住の都市をそこに建設するという内容です。これが報道されると、ネタニヤフは「これはコンセプトペーパー、仮設上の演習に過ぎない」と言い訳をしましたが、彼が本気で考えてきたことは間違いありません。

1993年にパレスチナの唯一合法的代表であるPLOとイスラエル政府が初めてお互いを認めた「オスロ合意」がありました。パレスチナ側は全土解放を取り下げて、パレスチナの22%に当たる西岸とガザ地区にパレスチナ独立国家を造るという転換をしたのです。当時、パレスチナの大多数が猛反対しました。エドワード・サイードらも、私たちも反対しました。このオスロ合意はイスラエルの占領に合法性を与え、パレスチナを取り戻すことが出来なくなるからです。この合意に反対した超右翼青年によってイスラエルのラビン首相が殺されました。そのあと登場したネタニヤフは、パレスチナが22%と譲った国の合意すら履行せず、反故にしてきました。2005年にオスロ合意の一環でガザからイスラエルが撤退した時、大反対で妨害したのも現政権のネタニヤフをはじめとする閣僚たちです。ガザからパレスチナ住民を追放しガザを再占領しようというたくらみです。

 

《パレスチナの視座から世界を見る》

繰り返しになりますが、2022年2月以降の日本では、ロシアによるウクライナ侵攻は刻々と詳細に伝えられてきました。その一方で、進行していたネタニヤフ政権の成立に伴うパレスチナの危機は伝えられませんでした。今やウクライナ戦争は、ウクライナ、ロシア市民らの徴兵制の犠牲の上に、アメリカNATOのロシアに対する戦争と化し、世界中を危機に落としいれています。パレスチナはずっと占領者の人種差別と弾圧に晒されてきたのに、米欧政府は見捨てて来ました。パレスチナの視座から世界をみると世界の欺瞞がよく見えます。欧米のダブルスタンダードが世界を壊し続けている現実をパレスチナの友人たちは良く知っています。

PLOパレスチナ解放機構も「ロシアへの厳しい制裁の一方で、ウクライナ難民を手厚く受け入れ、ウクライナ人の武装抵抗に喝采を送っている。ウクライナ支援と共通の支援がパレスチナに何故行われないのか?」と問うています。イラク人も言います。「ロシアを戦争犯罪というが、米国はイラクで、何をしてきたのか? 拷問、誤爆、殺害、何十万、何百万の住民を路頭に放り出して難民化させてきた。その犯罪に頬かむりし、自国とイスラエルの犯罪を裁かせない。イラクばかりではない。アフガニスタン、リビア、シリア、イエメンなど多くの混迷を作り出し、それが永続する責任を欧米が負っていることが意識されていない。植民地主義の産物だ」こういう欧米批判です。ウクライナでロシアの侵略に抗議して戦っているウクライナ人が英雄なら、イスラエルの占領に対して75年以上戦っているパレスチナ人も英雄です。テロリストではありません。

 

《ガザのジェノサイドを止めよう》

今こそ、国際社会が可視化されたパレスチナの歴史と現実を直視し、この戦争を逆に中東情勢の平和的解決へと転換させるチャンスなのです。イスラエルの占領地からの撤退、パレスチナ人の民族自決、難民問題の解決を目指す国際社会のイスラエルに対する包囲からはじまる公正なアプローチこそが問われています。

既に世界各地でパレスチナ人に連帯してイスラエルの戦争犯罪を告発する闘いが広く行われています。こうした世界の動きに目を向け、想像し世界とつながる日本を描く時です。

世界は最早、米欧諸国の二重基準で壊れた国際秩序をあてにできません。国家レベルですが、サウジアラビア、UAE、ラン、エジプト、という中東の4か国を含む6か国が新たに来年からBRICS首脳会議に加わります。世界のエネルギーの6割を掌握し、脱ドル体制も目指すでしょう。また、8月キューバで開催されたG77プラスチャイナは既に134か国が加盟しており、首脳が集まりました。議長国として登壇したキューバ大統領は、途上国は不平等な貿易や気候変動問題などで先進国の犠牲となってきたと批判し、「われわれグローバルサウスが、何世紀もの間続いてきたゲームのルールを変える必要がある」と主張しています。世界は資本主義の一元的文明ではなく、自然な流れとして多極的な多文明の社会を求めています。50年、100年先を考えればよくわかります。日本こそ今のままでは心配です。自民党の米国政府追随は日本を滅ぼしかねません。

 

《おわりに》

ジェノサイドを続けるイスラエルとそれを後押しする米国に抗議しパレスチナに連帯して小さな行動からでも始めて欲しいと心から願います。占領と植民地被害、ジェノサイドに今も晒されているパレスチナの人々の現実をまず、知ってほしいのです。パレスチナを知るために映画を観たり、(良質の映画がいくつもあります。)パレスチナに関する本を読んだり(私も「戦士たちの記録」〔2022年幻冬舎刊〕などいくつか執筆しています)連帯の集いに参加したり、地元の議会にロビー活動をしたり、デモに行ってイスラエルの暴挙と米国の責任に抗議したり、世界の民衆が行動しているように、出来るところから日本人としてこのジェノサイドに立ち向かって欲しいと願っています。

 

重信房子(しげのぶ・ふさこ)

1945年9月28日東京都世田谷区生れ。65年明治大学2部文学部史学科に入学、69年卒業、同年政治経済学部政治学科に学士入学。67年社会主義学生同盟(ブント)に加入。71年2月、奥平剛士と結婚し日本を出国。73年3月、娘メイを出産。2000年11月、大阪で逮捕された。10年8月、懲役20年(未決勾留日数2991日を含む)の刑が確定。服役中に短歌を始め、2019年より福島泰樹主宰「月光の会」に参加する。2022年5月に出獄。
著書に、『わが愛、わが革命』(講談社、1974)、『ベイルート 1982年 夏』(話の特集、1984)、『りんごの木の下であなたを産もうと決めた』(幻冬舎、2001)、歌集『ジャスミンを銃口に 重信房子歌集』(幻冬舎、2005)、『日本赤軍私史-パレスチナと共に』(河出書房新社、2009)、『革命の季節 パレスチナの戦場から』(幻冬舎、2012)、歌集『暁の星』(皓星社、2022)、『戦士たちの記録 パレスチナに生きる』(幻冬舎、2022)、『はたちの時代 60年代と私』(太田出版、2023)などがある。