国会図書館の絵はがき――この目で見る図書館稼働史②
小林昌樹(『近代出版研究』編集長)
■図書館稼働中――戦前の写真絵はがき収集の完了
2008年に図書館絵はがきを集め始めた時、目標は戦前のレファレンス・カウンターをこの目で見ることだった。大学でレファレンス・サービスなるものを聞いて驚き、でもどこでもやってないじゃんか、とそのウサン臭さをいぶかしく思った私にとって、日本のレファレンス・サービス史は渋沢敬三のいう「失敗史」なのだが。それはともかく大正期に早稲田大学の米国帰り司書・毛利宮彦が国内に紹介して以来、細々ながら県立図書館や大都市の図書館で行われたという記録は残っている。
レファレンスはおもにカウンター(デスク)という場所で展開されるものなので、戦前の現場を見たいと思ったが、建築平面図に建物内の運用時の情報は出ない。そこで図書館の写真絵はがきを探したのだった。結局2015年に【図1】の絵はがきをヤフオクでゲットすることで目標は達成され、私の図書館絵はがきコレクションも完成を迎えた。
【図1】神戸市立図書館のレファレンス・カウンター(1935年ごろ)

【図1】の右、「館外貸出係」と標識が立っているのが読める。この窓口がレファレンスカウンターである。『神戸市立図書館60年史』(1971)に「昭和2年4月館外貸出係が相談事務も兼任していたが」(p.46)とある。奥の資料出納所が混んでいるのに対して閑散としている(おまけに職員は見えない)。しかしこれが本邦初公開、戦前日本のレファレンス・カウンター(の写真)なのである。
【図1a】「館外貸出係」と標識が立っている窓口

■現「東京本館」の「本館」は国会図書館庁舎としては3代目
戦前、公共建築の竣工記念ではほぼ必ずと言っていいくらい写真絵はがきが発行されたが、戦後そのようなことは少なくなっていった。絵はがき自体のメディア特性も、戦前の、記録や報道を含む広いものから、ただの記念(たいてい旅行記念)に縮小していった。
前回の「帝国図書館の絵はがき」の項で、戦前、国立図書館の庁舎は5代あったと書いたが、それは文部省系の国立図書館。その、帝国図書館改め「国立図書館」は戦争直後、占領政策から降ってわいたように出来た国会附属図書館に併合されることになり、文部省系の国立図書館の歴史は終わった。代わりにできたのが立法府所属のアメリカ式国立図書館たる「国立国会図書館」で、それを継ぎ足すと次のようになろう。
(立法府系:各庁舎と入居組織名)
❶国会議事堂:国会図書館(1947-1948)、国立国会図書館(1948)
❷旧赤坂離宮:国立国会図書館(1948-)
❸永田町本館:一期工事完成(1961)二期工事完成(1973)
現職員にも全く意識されず、世間的にも意外なことだが初代庁舎は国会議事堂そのものである。ここに、国立国会図書館(以下、NDL)が数ヶ月、その前身の「(国立なし)国会図書館」が1年ほど、2代の組織が入居していた。(国立なし)国会図書館は歴史上無視されがちだが、実は(国立つき)NDLとの対比上は重要。というのも、国立なしの設置法では「保存」の文言が実定されているのに(昭和22年4月28日法律85号、第1条)、NDL法では「文化財の蓄積及びその利用」(昭和24年6月6日法律第194号〔第一次改正〕、第25条)と、利用に重きをおいた文言になっている。
それはともかく初代庁舎から順に絵はがきを見てみよう。
■(国立なし)国会図書館、国立国会図書館(1947-1948)
【図2】は1936年ごろの❶国会議事堂。1947年もほぼおなじ建物であったろう(ただし戦時迷彩で白黒になっていた【参考図1】)。珍しいのは、議事堂の北側(向こう側)に旧ドイツ帝国大使館が見えることである。(国立なし)国会図書館及びNDLの議事堂内に暫定的に設けられた「事務室」がどこに入居していたのかは判然としないが、現行のNDL国会分館は中央塔の基部なので同じあたりか。
【図2】「(大東京)豪壮なる白亜の英姿新議事堂 Newly built National Assemble Hall」(青雲堂出版部、1936年ごろ)

【参考図1】「東京の上空、1945年9月28日」『Japan Air Raids. org.』>戦後-Post war(2026.6.3閲覧) 議事堂が3つの独立したビルに見える(ように迷彩塗装されている)

■赤坂時代のNDL
そして仮庁舎の❷旧赤坂離宮に移転する。【図3】は東京光房が発行した「高級原色版 国立国会図書館絵葉書」8枚セットである。旧漢字が使われているので昭和23年から数年内に発行されたものだろう。離宮時代のNDL本館は部屋が小分けで図書館としては非常に運営がしづらかったものらしい。昭和36年に現在の本館(「新庁舎」)へさらに移転するまで、赤坂、上野分館、三宅坂分館の「三館体制」で、調べ物に関しては分館の「支部上野図書館」(帝国図書館のこと)に対抗すべくもなく、新庁舎さえできれば合理的効率的なサービスが行えるのでそれまでの我慢とされていた。ただ、勤めている人は放課後(?)ダンスパーティーをしたり楽しかったらしい。
一方で、図書館利用というより施設見学(物見遊山)で来館する人々がかなりの割合でいたとされ、この絵はがきも、図書館機能の紹介というよりも、単に離宮の紹介になっている。
【図3】「高級原色版 国立国会図書館絵葉書」東京光房、1948年ごろ

【図3】の絵はがきを発行したのは近くの四谷にあった「東京光房」という写真機材店で、京谷涼二(本名:山脇徳兵衛、1899年生まれ)というドイツ帰りの詩人が経営していたもの。
国会図書館の外郭団体・春秋会も同様のカラー絵はがきを発行しており、東京光房の企画を引き継いだものだろう。おそらく離宮内にあった売店で売っていたものと思われる。
【図4】は同じく赤坂離宮時代のNDLで、南から撮った空中写真。発行者不明だが、何枚かでひと綴りの名所絵はがき――おそらく「東京みやげ」といった類の――であったことが、右の切り離し線の痕跡から判る。NDLが発行に関与していないのは、キャプションが(国立なしの)「国会図書館」であることからも判る。NDLに限らないが、当該組織が関与する絵はがきだとキャプションも正式名称が入っていることがほとんどである。
【図4】「6. 国会図書館 National Diet Library, Tokyo」

南(裏の「庭園」側)から撮っているので離宮の裏庭がよくわかる。実際にNDLが使っていたのは中央から東の部分だけで、西半分には法務庁が入居していた。私の入館時、図書第一係で向かいに座っていたハーさん(僕は27歳で運営係長になった男よ、というのが口癖)がこまっちゃん(「官車」の運転手上がり、いい人だった)に裏庭で車の運転を習ったと言っていた。
■永田町時代(現在)のNDL
【図5】は手元にある絵はがき2セットである。右はタトウ(包み紙)への刷り込みから、1961年11月に「新庁舎」❸永田町本館の開館記念で頒布されたものだと判る。製作は「合名会社・新生堂」とタトウにあり、デジコレを調べると1960年代に浅草橋にあった印刷所のようだ。
【図5】左は「国立国会図書館絵葉書」とあるだけで、発行年が不明だが、利用者*が写り込んでいるので開庁以降、つまり1961年末以降であると推定できる。発行者は「SHINSEIDO GOMEIKAISHA」とあるので、同じく新生堂である。
* ワイシャツの人物が多く揃っているように見えるので職員によるエキストラである可能性があるが、それでもなお、運用時の館内を彷彿とさせる。
【図5】「昭和三十六年十一月一日 新庁舎開館記念 国立国会図書館」(合名会社・新生堂、1961年)、「国立国会図書館絵葉書」(同、1963年ごろ)

両セットともにある「中央ホール」の写真を見ればわかるが、開館記念の頒布絵はがきは、運用前なので絵柄として面白くない。それに対して左の「絵葉書」はカラー印刷であることもあるが、なにより運用中の写真が使われ、見ていていろいろな読み解きができる。
【図6】「書庫」「一般閲覧室の一部」「中央ホール」

タトウに「5枚アルベキモノナリ/〔議閲*がある筈だ〕某氏云」などと、前持っていた稲村徹元氏の考証的書き込みメモがあるが、悪筆で読めないのと(NDL三大悪筆の一人)、開館記念セットの1枚が紛れ込んでいるなど、あまり参考にならないのが残念。ただ、この手のものは大抵、建物外観(全景)が1枚あるはずなので、3枚でないことは確か。稲村氏は「38年頃のものか」とするので、とりあえず1963年ごろとしておく。
*「議閲」とは議員閲覧室のNDL内ジャーゴン
開館記念セットは「国立国会図書館全景 西沢笛畝画」「中央ホール」「中央ホール回廊」「一般閲覧室の一部/書庫」「議員閲覧室」と、5枚で6写真になっているので、「絵葉書」セットも、さらに「全景」「回廊」「議員閲覧室」がある可能性があるが、もともとセットの絵はがきはもともと何枚セットだったのか判らないことが多いし、デジコレでいろいろ検索したがNDL関係出版物にこれら絵はがき発行の事実が見つからない。
【図7】「書庫」1963年ごろ。おそらく3層1区

「書庫」は「新庁舎」の目玉、「中央書庫」である。バックヤードの写真をカラーで見られるのはこの時代、珍しい。タトウの稲村メモには「1/2層 上野函架分」とあり、要するに1層か2層にあった帝国図書館旧函架グループの本が写っていると解釈している。しかし、仔細に写真を見ると天井にコンクリートの梁が見えるので、3層か6層であろう(1階分を3層に分ける「積層書架」なので【参考図2】、1、2層だと天井が鉄板一枚)。奥に横切る通路があるように見えるので1区か6、7区。当時6層6区は図書課事務室だったし、7区は漢籍なので見た目が違う。よって6層1区にあった「洋書新分類0門〜3門」(後にいうDDCの0類)が写っていると見るが……。
【参考図2】国立国会図書館総務部編『国立国会図書館スタッフ・マニュアル E-2 閲覧部図書課』国立国会図書館、1963

こんなことはもはや私と友人くらいしか推理しないだろうし、できたからといって何の得にもならないが、いちおう、中身をわかった上で議論しているという証明にはなるだろう。NDLのキャリアを資料出納手で始めたことは、出世にはマイナスだったが自分の図書館史趣味には得であった。
それとは別に面白いのは床がリノリウム張りであることが色からわかることだ。私のような元ミリオタ、プラモデラーにとって、巡洋艦などのプラモは甲板をリノリウム色に塗ることになっており、まさにこの色(焦茶色、赤茶色)だった。ただし、1990年代半ばにリノリウムの上からクリーム色のビニールを敷いて書庫内もずいぶん明るくなった。2007年のネット記事にある1層1区の写真を見ると床がクリーム色になっていることがかろうじてわかる。当時の広報係長松井さんが説明した書庫内温度・湿度「常に室温22度、湿度55%に保たれている。」が絵はがきの説明と少しずれていることに注意。
NDLは展示会がらみでも絵はがきを出したりするが【図8】、古典籍の書影で私には面白くないので省略。
【図8】「名家自筆本」(国立国会図書館、1974)

■次回は……
とある古書展で入手した写真アルバム。なんと赤坂時代の国会図書館運動会が写っていた! そして初代副館長・中井正一の生前最後の写真が!

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小林昌樹(こばやし・まさき)
1967年東京生まれ。1990年と92年、慶應義塾大学文学部を2回卒業。2021年国立国会図書館を早期退職し、近代出版研究所を設立。『近代出版研究』編集長。近代書誌懇話会代表。現役時代の秘伝テクニックを盛り込んだ『調べる技術』がヒット。それを応用して書いた前代未聞の『立ち読みの歴史』は五大新聞紙すべてで紹介。専門は図書館史、近代出版史、読書史。
