人物憲政

B5判・上製・全10巻・各巻平均600頁 
定価180,000円+税
ISBN4-7744-0274-5 C3300
購入申込

日本人物情報大系 第3回
憲政編
広瀬 順晧 責任編集・解題

『国民必読国会準備人物伝 初篇』『帝国衆議院議院実伝』
『憲政殊勲者年譜集』『翼賛議院銘鑑』『衆議院議院名鑑《議会制度七十年史》』 国会開設以前、議会黎明期の貴重書から議会制度七十年の足跡まで、国会議員はもとより政党関係者まで広く網羅。


☆人物を調べるリンク集
 オンライン人名辞典
  WEB上の人名辞典と人物情報へのリンクです。

被伝記者索引(データベース)
  日本人物情報大系掲載の人物をオンラインで検索できます。


1 「憲政編」の意味

 『日本人物情報大系』は、第3回配本として「憲政編」を刊行する。最近では人々の口に上ることも少なくなった「憲政」という言葉は、つい50年ほど前までは議会政治を象徴する輝かしい言葉であった。それは「議会政治」を意味する言葉でありながら、ある時は理想として語られ、ある時は現状を擁護する言葉として語られ、その内包する意味はさまざまであった。

 1853年のペリー来航に始まる日本の近代は、政治という観点から見れば、国民国家として国民の声を政治に反映させる方法とその実現をめぐって模索した時代であったといえる。憲政という言葉が定着する前、幕末の公儀世論の議論に始まり、五箇条の御誓文、自由民権運動、帝国議会開設へと連なる時期に限ってみても、そこでは議会政治をめぐって多種多様な人物がそれぞれのあるべき議会像を求めて、言論に実践にとさまざまな活動を繰り広げたことはよく知られている。大日本帝国憲法の下で、はじめて議会が開設された1890年以来、議会は世論を政治に反映させる場として機能し、無数の政治家が議会の壇上に立ってきた。1945年8月の太平洋戦争の敗戦後、憲法が大日本帝国憲法から日本国憲法へと改正されて以降も国会が国権の最高機関として機能してきたことはもちろん多くの異論があることは認めたとしても否定しがたい事実である。

 このような意味において、わが国の近現代史研究、特に政治史の分野において議会の占める位 置は重要であり重視されてきた。またそれに対応して、議会の活動を知らせる情報も、国会議事録や委員会記録の刊行をはじめ、『原敬日記』など議会関係者の私文書も数多く公開刊行されてきた。

 しかし議会で活躍した議員個人個人に目を向けると事態は一変する。原敬や板垣退助、犬養毅や若槻礼次郎といった憲政の大物たちはともかくとして、その配下にあって 折々に大きな足跡を残した人々、あるいはおのおの地方にあって自らの政党のために尽瘁した人々の人物情報を求めようとしても、なかなかすぐには分からないのである。日本近代史の研究者は、そのため、しばしば、各種の人名録などを参考書として座右に備えなければならなかった。一人の人物の情報を得るために多くの時間と労力を必要としているのである。今回われわれが『日本人物情報大系』の一部として「憲政編」を構想したのは、第一にこの理由による。
 「憲政編」を構想した第二の理由は、収録対象とした叢伝類が人物情報の基礎ばかりでなくもう一つの人物情報も併せ持っているからである。すなわち叢伝は、基礎情報だけを記述するには長すぎ、その人物の伝記としては短すぎるという性質を持っているが、それを逆手にとって、叢伝の作者たちは基礎情報に加えて寸鉄人を刺す類の人物紹介を行っている。これは当時の人々にとっても有益であったろうが、現在のわれわれにとっても興味深いものがある。われわれはそれによって当時の雰囲気、その人の持つニューアンスを知ることができるのである。



2 各巻概説

第21巻から第30巻までに収録した31編の叢伝は、大きく分けて次の6期に分類できる。すなわち、
第1期 憲政準備期 明治14年の政変による国会開設予告から第1回総選挙準備期に至る時期
第2期 第1回総選挙 1890年の第1回帝国議会開会期
第3期 議会制度確立期 初期議会終了から明治後期
第4期 大正デモクラシー期 第2回普通選挙運動高の高揚と第1回普通 選挙実施の時期
第5期 政党政治とファシズム期 政党政治の確立と軍部の台頭による議会政治の変容および翼賛政治会の成    立の時期
第6期 戦後期  
  以下各期ごとに簡単にその時期の特徴と収録した史料の解説を記す。

1(通巻21)巻
2(通巻22)巻


第1期は、第21巻の『民権家列伝』から第22巻の帝国/議会 議員候補者列伝』に至るもので、自由民権運動の高揚の中で議会を目指した人々の人物情報である。すなわち、『民権家列伝』『日本政党銘々伝』『自由/官権 両党人物論』『大日本 改進党員実伝』『立憲改進党列伝』がそれである。 1881年のいわゆる「明治一四年の詔勅」は10年後の国会開設を約束したが、自由党や改進党の自由民権運動の担い手たちは、もちろん来るべき国会の有力議員候補であり、かれらは10年後を目指して地方遊説や演説会など活発な活動を行い、国民に浸透を図った。しかし明治政府はそうした活動を快く思わず集会条例や讒謗律などの言論弾圧立法を持って対抗、終に福島事件や秩父事件の勃発によって自由民権運動側の政党活動は収束する。この間に刊行された叢伝がこれら5点であり、これらは政党成立期の政党人を示すものである。また、これらのうち自由/官権 両党人物論』は、自由民権運動家ばかりでなく、安場保和、浅野長勲、藤田茂吉など官憲=政府側の人物も取り上げていることで注目される。
  これに対して『新内閣大臣列伝』『国民/必読 国会準備人物伝』『帝国/議会 議員候補者列伝』の3点は、1887年の第1次伊藤内閣成立から1890年の第1回総選挙に至る時期のものである。『新内閣大臣列伝』は1887年12月に成立したわが国最初の内閣の各大臣を収録したもので、伊藤博文をはじめ各大臣の経歴と人物表を含む。しかし本書には、最初に内大臣三条実美、陸海軍参謀本部長有栖川熾仁親王を配しており、内閣総理大臣伊藤博文は第三位 になっている。元来内閣制度は政治と天皇を分ける(府中と宮中の別)ことを目的として作られたものであるが、それがここでは混乱している。太政官制から内閣制への変更が国民レベルでどのように捉えられていたかを示す例としても興味深い。
 国民/必読 国会準備人物伝』(1888)帝国/議会 議員候補者列伝』(1890)は、第1回総選挙に出馬した、あるいは出馬が予想された人物の列伝である。「専制政体の時ならば必しも然らざるべし、直与政体の国ならばまだしもの事なるべし、立憲政体の社会に在りては殊に最急最要の一事あり人を知ると云ふこと是れなり。夫れ立憲政体の事たる即ち代議政体なり代議政体とは何んぞや、或る有限の人、挙国の民衆に代りて政治法律経済を議するなり」(原文カタカナ)という文章で始まる植木枝盛の序言を付した帝国/議会 議員候補者列伝』は、339名の衆議院議員候補者を網羅している。

3(通巻23)巻  戻る

 第2期は、第23、第24巻に収録されている日本/帝国 国会議員正伝』『帝国/衆議院 議員実伝』『国会議員百首』の3点である。189〇年7月に施行された第1回総選挙は全国的な盛り上がりの下で投票が行われた。直接国税10円以上納入というのが選挙人資格であったから、有権者は国民の約10パーセントであったのにもかかわらず、全国民の注目を集めたのは、有権者だけでなく非有権者も政治参加の実感を持っていたからであろう。選挙前の演説会の様子はそれを如実に物語っている。すなわち当時自由党本部の職員であった龍野周一郎の板垣退助演説旅行随行日記によれば、東海地方遊説では一箇所で少なくとも7、800人の人々が演説会に集まり、その後の懇親会には数十人の人々が参加している。おそらく数からして懇親会参加者が有権者で、演説会に集まった人々は非有権者と考えられるが、これを見ても第1回総選挙が国民の高い関心の中で行われたことが分かる。そしてこの高い関心を裏付けるのが、新聞・雑誌が詳細に報道した選挙結果 であり、さまざまな議員列伝集である。ここでは、それらのうち史料性の高い前記2点を収録した。また『国会議員百首』は絵入和装本で、議員自作の詩歌を掲げた点に特色がある。周知のように第1回議会も第2回議会も、予算審議で政府と与党が鋭く対立し、第2回議会を担当した松方正義総理大臣は議会を解散して与党の拡充を図った。内務大臣品川弥二郎は「白雪に血の花を咲す」決意で選挙干渉を実行、高知県などでは憲兵が出動するほどであった。
  さらにこの時期に登場する憲政編の人物について一言しておきたい。それは第1期で活躍した人物が必ずしも第2期の登場人物ではない、という点である。そこには自由民権運動と議会政治の大きなギャップがあるのである。ギャップの第一は、もちろん制限選挙である。直接国税10円以上という条件は、すべての民権家が国会に臨むことを不可能にした。もう一つのギャップは運動と政治の論理の相違である。通 常、 運動は目的達成を最大の要件とする。目的を掲げ、それを達成するのが運動を生き生きとさせる。これに対して議会政治は運動と異なり、一挙に目的を達成すれば良い。たとえて言えば高校野球のトーナメント制とプロ野球のリーグ制との差がある。自由民権運動を担った多くの人々はこの変化からはじき出され、あるいは院外団となり在村指導者となった。

4(通巻24)巻
5(通巻25)巻


 第3期の議会政治確立期の人物情報に当たるものは、第24巻および第25巻の次の5点である。『衆議院議員列伝』『逸事/奇談 明治六十大臣』『新選 代議士列伝』『政府部内人物評』『経歴/逸話 内閣総理大臣』。このうち『衆議院議員列伝』『逸事/奇談 明治六十大臣』『新選 代議士列伝』の3点は1900年前後の政治社会を示すもので、政府と政党の対立をキーワードとした初期議会から、一転して妥協が政府と政党の課題となった時期の人物情報である。政府と政党が妥協を試みても不思議ではない状況が生まれると、国民の政治に対する視点が変化する。政党のパートナーとしての政府を構成する人物が対象となり、「末は博士か大臣か」という言葉が現実味を帯びて人々の関心を得ることになる。この時期逸事/奇談 明治六十大臣』『経歴/逸話 内閣総理大臣』のようなものが人々に好まれるようになったのはこうした理由による。そうした中で山本亀城(山本実彦)の『政府部内人物評』は、いわゆる政治評論の一種で、有力政治家の人物評論を行いながら政治批判をするというもので、その典型といえる。なお当時の人物評論=政治評論の名手として横山健堂、鳥谷部春汀などがあるが、彼らとその作品については『明治文学全集』(筑摩書房)の92巻『明治人物論集』を参照されたい。

6(通巻26)巻

 第4期の大正デモクラシー期に関する叢伝類では、多くの関係書籍の中から『新代議士名鑑』『代議士詳覧』『政局の黎明に躍動する人々』『政局を繞(めぐ)る人々』『普選の勝者代議士月旦』の5点を選んだ。「国民の代表であり、国家の選良である代議士が、如何なる風貌の持ち主であり、如何なる人格閲歴を有する人物であるかを、知らんと欲するのは、国民一般の共通的希望であらう。特に政治熱の旺盛になつた現代において、其希望は湧くが如くに昂つて来たことと思はれる」と序文に書いた『新代議士名鑑』が刊行されたのは大正13年5月、第2次普選運動の高揚の最中であった。前年に元老山県有朋と国民的人気を得ていた大隈重信が没して、元老支配を逃れて新しい政治社会の黎明を求める国民は、大正デモクラシーの旗の下で政治参加を達成しようとしていた。さらに彼等は政策決定に参与する人物についても、政党ばかりでなく官僚も含めて関心を持ち、さまざまな情報を希求していた。『政局を繞(めぐ)る人々』はそうした観点から作られた列伝であり、新聞や雑誌も同様の連載で誌上を飾った。
 1925年加藤高明内閣の手で普選法案が議会に提出され通過すると、世論はもろ手を挙げて賛成し、普 選の早期実施を希望した。『政局の黎明に躍動する人々』は、「普選は国民全体をして政治に参与せしむるものなるが故に、普選実施に伴ふてもつとも必要とするは国民の政治教育にして、普選の成果 を完ふせんには国民の政治知識の向上に俟たざる可らず」と序言に述べる。そしてその結果 は、選挙結果を選挙区別に示した普選の勝者 代議士月旦』のとおりである。

7(通巻27)巻
8(通巻28)巻
9(通巻29)巻


第5期では、第27巻から第29巻にかけて、「民政党人物史」『政治家群像』「政友会代議士名鑑」『壮談/快挙 歴代閣僚伝 青少年時代編』『政戦のあと』『憲政殊勲者年譜集』『翼賛議員名鑑』『大東亜/建設 代議士政見大観』を収録した。
 「民政党人物史」『政治家群像』「政友会代議士名鑑」『壮談/快挙 歴代閣僚伝 青少年時代編の4点は、いわゆる政党政治最盛期の人物情報である。「民政党人物史」は民政党史の中からのものであるが、この時期各政党は盛んに機関誌やパンフレットを刊行し、さまざまな広報活動を試みている。
  『政友』『民政』など、各政党機関誌に掲載された記事については、筆者による『近代日本政党機関誌記 事総覧』(柏書房)が刊行されているから参照されたい。また同書には「人名索引」が付されており、記事の対象となった人物を検索することができる。 1932年の五・一五事件と1936年の二・二六事件を契機に、日本では急速に軍部が台頭しファシズ ム化していく。このとき批判の対象となったのは「腐敗堕落した」政党であり財界であった。『政戦のあ と』は、そうした状況を背景に行われた選挙結果であり、政党政治下の最後の選挙結果 である。以後政界 は軍部の牛耳るところとなり、政友会や民政党などの既成政党は勢力を失い、太平洋戦争勃発直前には組織を解体して新体制運動に参加することにある。そうしてできたのが大政翼賛会であり、政治家の組織としての大日本政治会であり、議会における翼賛議員連盟であった。こうしたところに集まった人々の人物 情報として代表的なものを、第29巻に『翼賛議員名鑑』『大東亜建設代議士政見大観』を収録し た。
  なお第28巻に収録した『憲政殊勲者年譜集』は他の史料とは若干異なる。本書は、小久保喜七によるもので、1938年2月に行われた憲法発布50周年記念祭に因んで編まれたものである。したがって本書は、主として、第1ないし第3期までの人物を対象としているのである。

10(通巻30)巻

さて第6期は戦後期であるが、この時期について憲政編として人物情報を示すほど史料状況は進んでいない。ここでとりあげた『衆議院議員名鑑』『貴族院・参議院議員名鑑』は、いずれも1960年の議会開設70周年記念事業として、国会が編纂した『議会制度七〇年史』を底本としている。これによって戦後に誕生した衆参両議院議員の大要を知ることができる。また本書に続くものとして、1990年に国会が刊行した『議会制度百年史』の議員名鑑もあわせて参照されたい。
(ひろせ・よしひろ 駿河台大学教授)
トップページ 今まで出た本 メールマガジン 掲示板

戻る