2002.3.13 No37
■■■■■■■■■■■■■■■ 皓星社通信 ■■■■■■■■■■■■■■■
隔週刊行
                                                  発行所 株式会社 皓星社
                                    編集長 佐藤健太
                                 info@libro-koseisha.co.jp
                                       http://www.libro-koseisha.co.jp
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【おくやみ】冬 敏之さん

●バイオからSTSへの宿題         綾部 広則

●皓星社ブックレット増刷のお知らせ

●朝日新聞文化欄に『ハンセン病文学全集』が紹介されます

●編集後記

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【おくやみ】冬 敏之さん
 小説集『ハンセン病療養所』(壺中庵書房)などで著名な作家冬敏之さんが2月
26日に永眠されました。弊社は『ハンセン病文学全集』(現在進行中)の編集に
ご協力いただくなど、大変お世話になりました。
 謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

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☆冬さんの訃報
http://www.nikkei.co.jp/news/okuyami/20020308EIMI073808.html

☆『ハンセン病療養所』書評
http://www.fukushi-hiroba.com/art/book/books/20010612_01.html
http://www.ea.ejnet.ne.jp/kawakami/fuyutoshiyuki.htm

☆冬さんへのインタビュー
http://www.jcp.or.jp/activ/hansen_Folder/diet_pro_hansen08.html

☆ハンセン病裁判 冬さんの意見陳述
http://www03.u-page.so-net.ne.jp/ca2/nanya50/kouhan-5.1.html

☆原告からのメッセージ
http://www03.u-page.so-net.ne.jp/ca2/nanya50/genkokuf.html

☆冬さんの書評エッセイ「北條民雄著『いのちの初夜』」
http://www.dinf.ne.jp/doc/prdl/jsrd/norma/nrm001/n174_046.htm

☆『ハンセン病文学全集』編集室・能登の日誌
  2002年3月1日(金)「冬敏之さんの訃報。」
  2002年3月4日(月)「冬さんの通夜に出席して。」
http://www.libro-koseisha.co.jp/diary/diary.html

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●神戸大学国際シンポジウム「東アジアの科学技術と社会」参加記

 バイオからSTSへの宿題         綾部 広則

 正月気分もようやく抜け始めた1月12日、神戸大学百周年記念館において開か
れた国際シンポジウム「東アジアの科学・技術と社会」では、STSの制度化・組織
化をめぐるセッションに引き続き、「韓日の国際STS共同研究の事例:GMOとヒトES
細胞」に関するセッションが開かれた。

 まず、日韓でのGMO(遺伝子組み換え食品)コンセンサス会議の比較と題して宋
相庸・翰林大学校教授から韓国でのコンセンサス会議に関する経緯が説明された。
韓国においてコンセンサス会議という手法が紹介されたのは、1996年頃であり、
韓国の有力紙が報じたこともあって、98年になって韓国ユネスコ国内委員会によ
って生命倫理に関するコンセンサス会議の組織化が決定されることになったのであ
る。こうして始まった韓国のコンセンサス会議は、宋氏によれば、各種のメディア
の反応を引き起こしたにも関わらず、必ずしも韓国政府を動かすものではなかった
ようである。

 しかしその一方で、コンセンサス会議の開催は、韓国の市民運動に一定のインパ
クトを与えつつあるようである。日本との比較でいえば、会議のフレームワークに
関しては両国とも大差がないものの、日本の方が韓国よりやや論点がやや具体的で
あること、また、日本ではSTAFF(社団法人農林水産先端技術産業振興センター)
の関与を通じて、韓国より政策に反映されやすい構造があると宋氏はみる。

 続いて、韓国科学史学会会長の李成奎・任荷大学校教授から韓国でのヒト胚及び
ヒト胚性幹細胞の研究規制と題する報告が行われた。韓国でこの問題についての議
論がわき起こる最初の契機となったのは、97年2月のクローン羊ドリーの誕生と
いう事態であった。ところが翌98年12月には、韓国の不妊治療研究チームが世
界で初めて人間の胚芽の複製実験に成功してしまった。こうして韓国でももはやク
ローン問題は、"対岸の火事"としてすまされなくなったのであり、規制を求めるさ
らに大きな声がわき起こったのである。

 こうした状況に呼応して、韓国政府・科学技術部は2000年8月に長官の諮問
機関として生命倫理諮問委員会を設置し、「生命倫理基本法(仮称)」の制定をめ
ざした準備を始めた。翌2001年5月に完成した生命倫理基本法試案は、ヒト・
クローンの全面禁止を基本線に据えつつ、研究に関しても不妊治療以外を認めない
といった、一定の制限を設けるものとなっている。したがって、生命工学分野の研
究者からこの法案に対して激しい反対意見が出ることは当然のことであった。他方、
キリスト教、仏教、天主教をはじめとした約30の宗教団体や市民団体は、法案の
すみやかな制定を要求したのである。

 こうした韓国におけるヒト・クローン問題をめぐる生命工学研究者と宗教界の対
立構図について、李氏は、韓国ではキリスト教界の発言力の強さという宗教的な背
景を指摘する。宗教統計で見る限りでは、日本では、神道系と仏教系がほぼ9割を
占めているのに対して、キリスト教徒は1%にも満たない。これに対して、韓国で
はキリスト教徒の割合が比較的高く、人口のほぼ2割に達するという(仏教徒は3
割弱)。こうした構造が科学界と宗教界の対立構造の背景にあると指摘する。

 一方、もう一つの背景として、遵法精神の不足と人命軽視の風潮という文化的背
景を指摘する。実際、韓国社会においては、違法な人工妊娠中絶は年間200万件
にものぼるし、また交通事故発生率は世界第1、2位の高さであるという。これら
が韓国での論争に微妙な影を落としているのではないかと指摘する。つまり、生命
工学を推進する人々は、生命を重視する厳格な法律を制定しても、現実的な効果は
はなはだ疑問であり、禁止の効果が地下へ潜ってしまうことになりかねない。それ
ならば、現実に沿った法律を制定したほうが、この分野での国際競争力に貢献でき
るという利点があるという。一方、反対論者は、韓国の現実を見据えるならば、よ
り厳しい法制化が必要であり、それによって生命を重視する社会の礎石とすべきで
あるという。

 以上が本セッションにおける報告の骨子である。ところで、本セッションに司会
兼コメンテーターとして参加した筆者は、セッションでは触れられなかった別のも
う一つの重要な点があると考えている。お気づきのように、本セッションはGMO、
コンセンサス会議、クローン、法律といういくつかのキーワードから成り立ってい
る。今回は、GMO+コンセンサス会議、クローン+法律という組み合わせ方である
が、論理的にはもちろんこれだけが唯一の組み合わせではない。"手段"としてのコ
ンセンサス会議と法律はそれぞれ、"対象"であるGMOとクローンのいずれとも組み
合わせることができる。問題はなぜ、現実的にGMO+コンセンサス会議、クローン
+法律という組み合わせ方になっているかである。それを考えるにあたっては、手
段の有効範囲と"対象"の特性について考える必要があろう。

 つまりコンセンサス会議の機能は、コメンテーターの小林傳司・南山大学教授も
指摘するように、論点の可視化であり、科学者と"市民"の相互学習である。その意
味で法律に比べて強制(拘束)力は弱い。他方、GMOとクローンを比較すると、GMO
は消費者の選択の余地を考え得るのに対して、クローンの場合はAll or Nothing
(一度社会に出回ったら回復が極めて難しいという意味で)である。いいかえれば、
クローンの場合はGMOに比べて、市場経済のメカニズムによって制御することが難
しいと考えられる。こうしたことから、GMOとクローンの間でそれぞれ"手段"の組
み合わせ方に違いが生まれるのではないか。

 もちろん、法律によってすべてが解決できるわけではない。李氏の指摘にもある
ように、隠れて研究を行うことも可能である。とすれば、生命科学関連の分野のこ
うしたテーブル・トップで研究が可能であるという特性こそ、我々が考えるべき今
後の科学技術と社会をめぐるもう一つの大きな論点であろう。従前の研究スタイル
は、核や宇宙のように大規模かつ資本集約的なものであり、テーブル・トップ・サ
イズで行えるものでは決してなかった。

 ところが、そのスタイルは崩れつつある。コンピュータのみならず、研究そのも
のがダウンサイジングしつつある。それは同時に敷居を下げるものともなっている
(まさに昨今のベンチャーの参入はこの点を物語るものである)。こうした点を考
えれば、一部の特権的科学者対"市民"という旧来の図式だけでは却って問題のポイ
ントをはずすことになる可能性がある。自戒を込めていえば、バイオから筆者を含
めたSTS研究者に課せられた一つの大きな宿題は、この点をも踏まえた新たな思考
の枠組みをつくることであろう。

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綾部 広則(東京大学大学院総合文化研究科)
 専門分野:科学社会学。論文に「岐路に立つビッグ・サイエンス」中山茂他編
 『通史―日本の科学技術<国際期>』(学陽書房)等がある。

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■■関連リンク集■■

☆シンポジウムの詳細についてはこちらへ。神戸大学国際文化学部・塚原東吾研究
室ホームページ。
http://homepage2.nifty.com/tsukaken/what%27s%20new/index.htm

☆科学技術社会論学会(STS学会)の暫定公式サイト
http://www.cs.kyoto-wu.ac.jp/jssts/index.html

☆STS NETWORK JAPANホームページ。科学技術社会論のための団体
http://stsnj.org/nj/index2.html

☆STS(科学技術社会論)についてより深く知りたい人はこちらへ。京都女子大学
平川秀幸研究室。不定期連載「STSとは何か」、「科学技術社会論の研究資料庫」
「STSリンク集」等々、充実したホームページ。
http://www.cs.kyoto-wu.ac.jp/%7Ehirakawa/index-j.html

☆コンセンサス会議/科学技術への市民参加を考える会(AJCOST)
http://ccsimail.ccs.dendai.ac.jp/~wakamats/

☆社団法人 農林水産先端技術産業振興センター(STAFF)
http://web.staff.or.jp/

☆インターネットで反対!!遺伝子組み換え食品
http://www.natural.co.jp/watanabe/gm/index.shtml

☆有機農業・環境問題のホームページ。遺伝子組み換え関連の新聞記事スクラップ、
リンク集、資料集など。
http://homepage2.nifty.com/oryza/

☆遺伝子組み換え食品ホームページ(厚生労働省)
http://www.mhlw.go.jp/topics/idenshi/index.html

☆遺伝子組み換え食品(山形大学環境保全センター)
http://www.id.yamagata-u.ac.jp/EPC/dna/DNA.html

☆「クローン」って何?(進化研究と社会 用語集)
http://homepage1.nifty.com/NewSphere/EP/b/genetic_clone.html

☆再生医療 ES細胞、幹細胞、万能細胞(進化研究と社会 用語集)
http://homepage1.nifty.com/NewSphere/EP/b/bio_ES.html

☆「クローン人間について考える」談話室
http://www.obihiro.ac.jp/~rhythms/kb/kb.cgi?b=clone&c=v&num=20

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【皓星社より】

●皓星社ブックレット重版のお知らせ

 おかげさまで下記のブックレットを重版いたしました。とくに『女子学生長崎原
爆の記録』は品切れになってからずいぶん時間が経ってしまいました。お待たせい
たしました。未読の方はこの機会にぜひ。

皓星社ブックレット8 女子学生長崎原爆の記録 時のかたみに
中野道子 編著
A5判・並製・114頁 定価800円+税
購入申し込みはこちらへ。書評も読めます。
http://www.libro-koseisha.co.jp/top03/rb908.html

☆長崎原爆資料館ホームページ。同書を常備しております。
http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/na-bomb/museum/museum01.html

皓星社ブックレット11 詩と写真 ライは長い旅だから
詩・谺雄二/写真・趙根在
A5判・並製・152頁 定価1,600円+税
購入申し込みはこちらへ。
http://www.libro-koseisha.co.jp/top03/rb911.html

☆谺雄二さんの詩「夢の雪の中で」
http://www.libro-koseisha.co.jp/mm/001127.html

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●朝日新聞文化欄に『ハンセン病文学全集』が紹介されます

 朝日新聞文化欄に『ハンセン病文学全集』(現在編集作業中)が紹介される予定
です。3月17日の週です。何日かは未定。みなさま、ご注視ください。

☆ハンセン病文学全集編集室
(ハンセン病関係目録稿、『ハンセン病文学全集』編集会議等)
http://www.libro-koseisha.co.jp/top17/main17.html

☆ハンセン病文学全集編集室日誌
http://www.libro-koseisha.co.jp/diary/diary.html

☆ハンセン病関係リンク集
http://www.libro-koseisha.co.jp/top17/han_link01.html

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●編集後記

 本通信第33号でお知らせしました神戸大学における国際シンポジウムの参加記
を、綾部広則さんに寄せていただきました。このシンポの参加記、以後2回ほど掲
載する予定です。「東アジアにおける科学・技術と社会」のセッション1について
は柿原泰さんに、「東アジアの科学史:科学と帝国主義の観点から」については加
藤茂生さんにそれぞれご寄稿いただく予定です。ご期待ください。

 メールマガジンの勉強会に行ってまいりました。入門書なども読んでいますが、
まだまだスキルが身についておりません。いろいろとご意見、ご感想、ご叱責等い
ただければ幸いです。

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